この異名は認識票と同じ役割を担い、巫1人につき1つの名を、1年生の最初の選巫ノ試シで階級が決まった際に、CHARMの刀身に彫ってもらいます。異名は少なくとも3学年は被らないそうで、会議で決められているだとか卜占で決められるだとか言われています。

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本日は斎子様のお誕生日!という事で、 で主に使われる零式御蓋に関する情報を少しだけご紹介します!
大和修學館女學校では殆どの巫が量産された剣型の零式御蓋を使用する事から、所有者を判別する為の異名が授けられます。

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【おしらせ】
12月22日は の凰主・初瀬斎子様のお誕生日です!
お誕生日当日は で一緒にお祝いして下さると嬉しいです!

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12月22日は斎子様のお誕生日ですわよ〜
良かったら覚えてて下さいまし〜

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皐月さんの特技は暗記と執筆で、大きな文芸コンテストで最優秀賞を受賞するほどの腕前だそうですよ!ちなみにその時の小説は篤子ちゃんが実家の書斎に保管しているそうです。気になりますねぇ〜!

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鎌倉へ出立する際、皐月さんは篤子ちゃんにお守りとして自身が普段身につけている赤いリボンの束を切り分け、篤子ちゃんにプレゼントしました。「どうか立派なリリィになって、素敵なお仲間を作って下さいね。私は大和であっちゃんの無事の帰りを待っています」本当に気丈な方です😭

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皐月さんは篤子ちゃんのことを「あっちゃん」と呼んでいるのですが、他の人がこの呼び方をしていると笑顔でその方に話しかけて来るそうですよ…それが原因かどうかは分かりませんが、かつての同級生で「あっちゃん」呼びをする人はいないそうです〜(^^;

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篤子ちゃんとはまさに生まれてからずっと一緒に育ち、「初瀬篤子行くところに稗田皐月あり」と自他ともに認めるほど行動を共にしてきました。しかし、篤子ちゃんが百合ヶ丘進学を決めた際は、篤子ちゃんの意志を尊重し、反対する周囲の人々へは誰よりも強く説得していました。

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本日は初瀬篤子ちゃんの幼馴染で、大和の一般高校に通う稗田 皐月(ひえだ・さつき)さんをご紹介します!
なんとなんと!篤子ちゃんとは同じ誕生日で生まれた時刻もほぼ同じだったという、まさに「運命の幼馴染」と言える方です!

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斎子様は、甘党かつ健啖家です。
食べ方は凄く綺麗なのですが、食べる量が尋常ではなかったそうです。
逆に七奈子様は胃腸が弱い為冷たいものは特に控えていて、食事量自体も少なめだったそうです。

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実家の書斎に遺された伯母の手記。
擦り切れるほど読み込まれたそれは、母の戦いの証。
2035年11月22日ー。
この日より未来の記録は遺されていない。
しかし、希望は潰えた訳では無い。
この手記が遺されているという事実が、この手記の先にも未来がある事の証明なのだから。

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大和の人々から現人神のように扱われていた斎子様ですが、その手はマメだらけで、手相が一部消えてしまうほど爪を食い込ませた際の傷が残るなど、お世辞にも美しい手とは言えませんでした。七奈子様は斎子様が眠っている間によく爪を整えてあげていたそうですよ。

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「誓ひの品」は人それぞれで、斎子様と七奈子様は互いにご実家の家紋が入った匂い袋を交換されていましたね〜^^
ちなみにおふたりとも白檀の匂い袋だったそうですよ。
https://t.co/aTnOY479Kv

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ただ、枝藤家の大統括は初瀬家、特に斎子様を非常に尊敬しており、斎子様が凰主となってからは足繁く大和修學館女學校へ来訪していたそうです。この際、立場上は斎子様が上座、大統括は下座だったそうなので、如何に斎子様が尊敬されていたかが伺えますね!

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初瀬家は代々「仁徳の一族」と呼ばれるほど汚職や不正とは無縁の一族で、その呼び名に相応しくあるよう家訓として守り続けています。
後に神祇会の解体や斎子様の戦時責任問題を受けて全盛期と比べると権力は落ちたものの、初瀬家は現在も慕われ続けています。

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ヒュージが人類を脅かし、奈良が大和と名を変え、神祇会が創立されて以降は、先代当主の時和様や現当主で斎子様のお父様である真和様が幹部役員として一定の権力を保持していました。

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また、これは偶然だそうですが、「とき」の読みがつく方は特にその名を後世に残す偉業を成し得る方が多いのだとか…。

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斎子様のご実家である初瀬家は、代々大和の大地主として神官を輩出してきたお家柄です。その起源を辿ると実に千年以上の歴史があるとの事です!初瀬家では代々通字として、男性は「和」、女性は「子」の字が充てられる事が多いそうです。

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