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#妖怪
自己流妖怪図画
白いお婆さん
尼崎今昔物語に記載のある妖怪。兵庫県尼崎市の人が仲間と向島の新田の洫川(みぞがわ)で鰻釣りをしていると真っ白な婆さんが血みどろで現れたので川を渡って逃げた。戻ってみると釣った鰻が無くなっていた。狸の仕業とされている
「日本怪異妖怪辞典 近畿」より
#妖怪
自己流妖怪図画
赤蜂(あかはち)
石川県に伝わる妖怪。高爪山から2〜3里先の海上に夜中になると赤い光が強い灯火のように輝くことがあり、これが赤蜂の仕業とされている。
「日本怪異妖怪辞典 中部」より
#妖怪
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赤褌狐(あかふんぎつね)
千葉県に伝わる妖怪。赤い褌(ふんどし)を着た狐で佐倉市の飯田に現れたという。歩いている人に相撲を挑んだり、いたずらをして来たという。
「日本怪異妖怪辞典 関東」より
#妖怪
自己流妖怪図画
飯山狐(いいやまぎつね)
島根県に伝わる妖怪。飯山に現れ人を騙していた。住職の前に美女に化け現れたが狐だと気付かれ喝破された。住職は八変化できる頭巾と嘘をつき飯山狐の七変化の玉と交換したが飯山狐は後から騙されたことに気付いた
「日本怪異妖怪辞典 中国」より
#妖怪
自己流妖怪図画
送り拍子木(おくりひょうしぎ)
東京都に伝わる奇談。「火の用心」と唱え拍子木を打ち夜回りをすると、拍子木の音が同じ調子で繰り返し、自身を送るように聞こえてくるが背後には誰もいないという。雨の日に誰も打ってないのに拍子木の音が聞こえたという話もある。
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茶瓶転がし(ちゃびんころがし)
山口県に伝わる怪異。平田川沿いの花岡道にて祝い事から帰っていると酔いが回ってきて、目の前に茶瓶があったが手を伸ばすと転がり、土産を置いて追いかけると消え、土産は狐に食われていた
「日本怪異妖怪辞典 中国」より
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観音堂の虎
埼玉県に伝わる妖怪。武蔵野国吉見の観音堂の欄間の虎の彫刻が夜になると抜け出し、走り回って田畑を荒らすという。住職が鋸で背から胴に切れ目を入れると抜け出さなくなった。左甚五郎が作ったものとされている。
「日本怪異妖怪辞典 関東」より
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虎にゃあにゃあ
怪奇談絵詞に描かれている妖怪。「禅宗の経文に、虎にゃあにゃあと云(いう)は是なり。慾深坊主の顔に似たり。丁銭を好んで、銭筒の竹に住む。しかも、大のねこなでなり。」と解説していることから強欲の僧を風刺した妖怪とされている。
「妖怪百物語絵巻」より
#妖怪
自己流妖怪図画
さら蛇(さらへび)
化物尽絵巻に描かれている頭が女性の蛇の妖怪。詳細は不明。松井文庫の百鬼夜行絵巻では濡女という名前で描かれている。
#妖怪
自己流妖怪図画
囲碁の精(いごのせい)
江戸時代の古書などに記述のある囲碁の精霊。怪談本「玉箒木」には囲碁好きの作庵という者が円照寺を散歩していると白色と黒色の2人組が話しかけてきて馴染みになり名前を聞くと色黒は山に住む知玄、色白は海辺に住む知白と名乗り姿を消したという話がある
#妖怪
自己流妖怪図画
嘘吹く野兎
石川県に伝わる妖怪。忽太郎の家の周りを嘘を吹きつつ走っていた。声を上げ追いかけると小薮へ逃げたので火を灯し辺りを調べると兎の尾の毛を踏んでいた。忽太郎は数日前角山の方の合歓の木を伐ったのでそれを恨んでいたとされている
「日本怪異妖怪辞典 中部」より
#妖怪
自己流妖怪図画
三つ目小僧(みつめこぞう)
目が三つある小僧の妖怪。大阪府には見世物小屋の親方が作り物の目を小僧につけ、三つ目小僧に仕立てようとするも小僧の提案で洞窟に隠し、そこへ見物人を連れてくると数人の三つ目小僧が襲いかかり、親方が驚いて逃げたという民話があるという。
#月刊梶原昂希 2023年3月号
いよいよ2023年シーズン開幕!!
カッコいい絵描きたかったのでちょうど1年前に描いた絵(画像2枚目)をリメイクしましたー!!
#baystars
#梶原昂希
#梶原昂希のヒットが酸素
#セ界一梶原昂希を描くヲタク
#そらさんの図画工作
【再掲】
東北楽天ゴールデンイーグルス· #伊藤裕季也 くんがエスコンフィールド第1号となる本塁打を放ったという事で昨年描いたイラスト再掲!!
福岡ベイファンですが、はじめて行ったハマスタで見たホームランはこの子のプロ初本塁打でした…!!
#Eagles
#baystars
#そらさんの図画工作
#妖怪
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寝肥(ねぶとり)
絵本百物語に描かれている妖怪。見目麗しい女性がいたものの、眠ると座敷一杯ほどの巨体になり、車が轟くほどのいびきをすると解説されている。また寝肥は女性の病気であり、寝坊を戒めた言葉ともされている。
#妖怪
自己流妖怪図画
雨女(あめおんな)
今昔百鬼拾遺に描かれている妖怪。解説では宋玉の詩「高唐賦」から引用し、「もろこし巫山の神女は朝には雲となり夕には雨となるとかや雨女もかかる類のものなりや」と述べている。泣いている子どものもとへ袋を背負って現れるという説もある。