//=time() ?>
一人で、初めて京都裁判所に立ったときの記憶。
家族は日本語ができなくて
ずっと一人でたたかった。
支えてくれたのは優しい日本人たち。
穴だらけの嘘の方が
証拠の少ない真実より強かった。
正義の味方だと思った裁判官は
そうでもなかった。
穴だらけの嘘の方が
証拠の足りない真実より
強いという法廷の闇
現場を証明できる証拠はないわけじゃないんだよ?
その場にいた人、代わりに謝った人、隠蔽しようとした人、事件後私の変化を知っている人…
証人が何人もいるのに、誰も法廷に立って言ってくれない。
日本好きなのに、ここでずっといたいのに、なんでこんなに変態で苦しまないといけないの?
なんで法律は守ってくれないの?
なんで被害者が被害を証明して証拠足りないと言われないといけないの?
なんで「やってません」「わかりません」「知りません」「記憶にございません」の方が力持ってるの?