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手足の活動
生の自覚は思惟だけでは十分でない、瞑想だけでも間に合わぬ、どうしても手足の活動がなくてはならぬ。『全集』十七巻
(12月27日)
(鈴木大拙 一日一言)人間を深める道
無駄骨の価値
何の苦もなき水鳥の足の動きにも、実は思いにあまる苦労の蓄積があるのである。
「無駄骨」なしには人間何事も出来ぬ。
『大拙の風景ー鈴木大拙とは誰かー』
(12月25日)
(鈴木大拙 一日一言)人間を深める道
百錬千鍛
熱火の中に入れられて、ふいごで吹き立てられ、それからアンヴィルの上で、鉄鎚でもって、矢鱈に叩かれる。金属そのものの眼から見れば、熱くて、痛くて、辛いが、こんな風にして百錬千鍛せられた結果は太阿の名剣が出来る。 『全集』十六巻
(12月24日)
鈴木大拙・人間を深める道
おそろしい困難と苦闘のすえ、苦しみの底に隠されている教訓がいくらかわかるようになった。牧師や、智慧なくして言葉を操る人々は、時に、苦しみを不可思議として語る。それは、本当は、啓示である。人はそれまでまったく気づかなかった事柄に気づく。歴史の全体が、異なった見地から見えてくる。」
この思想が働いているときには、何事があっても腹が立たぬ、不足をいわぬ。しかして積極的には、身分不相応の取り扱いでも受けたように、どうも勿体ないということになる。『全集』十九巻
(12月17日)
(鈴木大拙 一日一言)人間を深める道
もったいない①
勿体ないとは何の事か。この感情を解剖して見ると、わが身を小さなもの、卑しきもの、限られたもの、罪なもの、不足がちなもの、無価値なもの、何ものに対しても当然これをわがものといい能わぬほど仕方のないもの、などいうような思想が見つかる。
力と力
「物」とその力との支配する処では、人の 心のうるおい、やわらぎ、なごやかさなど いうものは、全然見られなくなる。力と力 と相対抗するところでは、勝つか負けるかである。
『全集』十九巻
(12月14日)
(鈴木大拙 一日一言)人間を深める道
忘恩の報い・自然の恩恵に与りながら、その恩恵に対して何ら感謝の心のなくなった現代人が、忘恩の報いをいつか受けなくてはならぬであろう。「物」を貪用した人間が、今度は「物」が持って居る破壊力を、却ってその身の上に加えられるようになるのであろう。全集・鈴木大拙 一日一言・人間を深める道