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「太刀洗」の話も大変有名ですね✨戦の後、武光が刀を小川で洗ったところ一面真っ赤に染まったというエピソードから、この川が「太刀洗川」と呼ばれるようになり、現在にまで町の名前として残っています。(「大刀洗町」なのは、町は「太」で出したのに、受理の時に「大」になっちゃったのだとか💦)
本日8月6日は「筑後川の戦い」が起こった日です⚔️
…といっても実はこの戦、とても長~い期間、なんと7月中旬からずっと睨み合いを続けてたんですね😳そしてついに口火を切ったのが、8月6日の夜半。当時17歳だった武光の長男武政が、300人を率いて敵方の少弐頼尚勢に夜襲を仕掛けたのです‼️
元寇と10代武房の活躍については、菊池一族ホームページの過去の特集記事に収録しておりますので、是非今のうちに復習しておいてくださいね💻📱
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九州で活躍したもう一人の征西将軍、良成親王について記事を更新しました🎉懐良親王の甥である良成親王は、祖父武光、父武政を立て続けに喪って菊池に帰還した17代武朝の時代に征西将軍職を継ぎました。南朝黄昏の時代に最後まで戦い続けた良成親王の生涯をご紹介します✨
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しかし自らの死を悟ってなお、探題屋敷への突入を果たしたその姿勢を評価され、息子の13代武重が肥後の領主である肥後守に任命されました。正に討幕の鏑矢となった武時は明治天皇により贈従一位に叙され、武重、武光と共に菊池神社の主祭神になっています⛩️
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週刊少年ジャンプで大人気連載中の『逃げ上手の若君』に、護良親王が登場しましたね❗️今後の展開に大注目ですが、その弟達のうち九州で大きな活躍を果たしたのが懐良親王です✨全国的に北朝有利の時代に南朝方として九州制覇を成し遂げ、明から初めて「日本国王」の称号を授けられました👑#逃げ若
#菊池の史跡さんぽ
【将軍木】
菊池市の御所通りに立つこの木は樹齢600年以上の椋で、幹回りは8m、樹高は16m、枝張りは24mにもなる大きな樹です🌳「将軍」とは、このアカウントではお馴染みになった征西将軍懐良親王のこと!親王がお手植えされた樹と伝わっています🌿
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田原坂西南戦争資料館さんの冊子がバズっていて羨ましいので(正直者)、うちの職員が描いた新キャラも是非見てください~😆✨
「菊池一族歴史さんぽ」に初登場した16代武政(黄)と合志幸隆(黒)の原案イラストです🌟このキャラデザを基に完成したイラストが2・4枚目の掲載イラストです!