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ぼくが二番目につき合った娘に勧められた映画が、イーストウッドの『パーフェクト・ワールド』だった。ぼくは臆面もなくびしゃびしゃに泣いた。
彼女は在日韓国人だったけど、心の底から愛した。そして愛された。
だけど彼女の親に完全に拒絶されて別れてしまった。
追憶のスイッチ映画もあるのだ。
B級ホラーの定石。
神様が脳みそを入れ忘れた男女グループが向かっているリゾート地にアカルイミライはあるはずもなく『クライモリ』が待ち構えている。
一人二人と消えてゆき。
バババーン、奇形人間でござい。
近親相姦の果てに産まれたモンスター。
これマウンテンマンなるキャラは秀逸過ぎたぜ。
キューブリックの『時計仕掛けのオレンジ』を、令和の今観賞したとして、50年も前の映画だと言い当てられる人がどれだけいるだろう。
ベートーベンをパンクにキメるなんて感覚も、時代を超越したセンスだ。
いつの時代もキーワードとして少年犯罪があり、世間は振り回されるのであった。
ロマン・ポランスキー監督、ジョニー・デップ主演の『ナインスゲート』は、古書探偵の冒険映画で、裏インディー・ジョーンズとも言える。
稀少本を愛する人にとっては夢のような物語となっていて、悪魔学というそれはそれは興味深いお話なのです。
魔女的にエマニュエル・セニエが美しかった。
ティム・バートン監督の『マーズ・アタック!』は持ち味の悪趣味がキラリと光る作品だ。
首チョンパからの犬人間なんて、永井豪の「バイオレンス・ジャック」か沼正三の「家畜人ヤプー」の世界観である。
とにもかくにも、キャストが無駄に豪華。
オチがくだらな過ぎて拍手喝采。
愛すべき馬鹿映画。
テリー・ギリアムの『ブラザーズ・グリム』は、果たして単純な娯楽作品なのだろうか。
なるほど、グリム兄弟により収集され編纂された物語が何の因果か具現化され、勧善懲悪の大団円だ。
これまでのギリアム作品からすると毛色が違う。正直ぼくも、初見ではがっかりした。
だけど癖になる映画なのだ。
『エル・トポ』は観る人の求めるものを映し出す鏡となる、謂わば占いのような映画である。
全ての宗教を馬鹿にし、芸術方面に逃げているようで、実際のところ″神秘″を純粋に追求しているのだ。
映画は叙事詩であるべきだとの哲学。寺山修司が本作を日本で布教したのも頷ける。
奇人入門はこちらから。
北野武は『ソナチネ』で、お手玉のように″命″をもてあそぶ。
ショバ代をケチったおっさんをクレーンで海にちゃぷちゃぷしたり、スナックでひたすら芸のない水平射撃をやりあい、死を賭けたウィリアムテルごっこに興じる。
死にたくないと思えば思うほど死にたくなる、との死生観。
散る美学を嘲笑う。
マックGによる『チャーリーズ・エンジェル』は、女性アクションの一つの到達点であり、歴史的快挙である。
サービス精神旺盛で娯楽要素満載。
ワイヤーアクションに置いては天使降臨だ。
秀逸なストーリー、お色気満載、華麗なアクション。
三種の神器は揃った。
そこの君、素直に″最高″って叫ぼうぜ。
ヴィンチェンゾ・ナタリの『CUBE』は、あの設定のアイデアが浮かんだ時点でヒットが約束された。
箱、匣、函、に閉じ込められ繰り広げられる心理戦。大きな存在に試されている感覚。最近流行りの「脱出ゲーム」そのものじゃないか。
後にゴミ類似作が量産された。
特許とっとけば良かったのにね。