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20年前のポケモン映画『水の都の護神ラティアスとラティオス』の同人誌を出します。詩・小説・評論を収録します。全204ページ。
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女子中学生がカジュアルに使う「死ね」を例示するために、岸里さとし『ごちそうタイツ』(2013)所収「エアロビハーレム2~女教師レオタード地獄~」を引用しようと思ったのだが、電子書籍で強化された黒塗りとコマをぶつ切りにするBS Readerのクソ仕様によってほとんど訳の分からん画像になった。
ポケモン界隈の例に漏れず、一週間あまりが過ぎた今も無限ゴッチャに嵌まっている。GOTCHA!のミヅリリ、あの何も思い煩うもののない、ウルトラに輝く笑顔のミヅリリこそは、ミヅキが思い描いた夢の極致。だがそれ故に、感傷マゾのムーン勢である私の解釈はこうだ。
.@sosatsuhoshi 【宣伝】7月5日開催のチャレ!20にて、ミヅリリ百合バトル小説を頒布します。ムーンの五年後、セキエイ高原で六対六のバトルに臨むミヅキとリーリエ。ガラル短編も合わせて全180ページになります。#チャレ!20 #ミヅリリ
近年の社会学者と言えば、やはりポケスペからこのシーンを挙げないわけにはいくまい。プラズマ団の横暴、○○解放運動には必ずついて回る傲慢に抵抗する一般トレーナーの図。抑圧に対して起こる解放運動、そして解放運動が抑圧を再生産する問題は、ポケモンでは実は古くからあるテーマなのだ。
ナガトロ=サンはムエタイ・カラテの始祖であり、苛烈なイジリによってハチオウジを導いたと伝えられている。イジリとは即ち比喩であり、これはニンジャのインストラクションに他ならない。全ては……ニンジャなのだ。