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琴絵様、国葬反対派は動員されたホームレスで、「すごい臭かった」というが、実は我ら底辺ネトウヨ一味が臭いの源だった可能性もあるから、いささか軽率だな。
貧乏白人が手前の低能さを棚上げして、愉快に生きようと思ったら、あっという間にマーチ好きのバカが一匹出来上がる。どこに行っても変わらねぇ法則だ。(Black Lagoon)
完全に俺
「酒抱きてけふも堕ちなん」と聞くと右翼道、浪人道の独特な味わいがあるが、「レスバしてけふも堕ちなん」と言うと底辺ネトウヨの哀しみしかないな。
当時の右翼は不良少年あがりが大勢いたので、他の団体では抗議街宣で外国大使館に押し掛けて、街宣車の窓から爆竹や発煙筒を放り投げたり、消火器をまいたり、街宣車で速さの競争をしたり、駅前で極左集団と鉢合わせすれば乱闘なんて日常茶飯事だったようだ。(鈴木信行先生『指名手配議員』)
私が右翼活動に入ったばかりの頃は、街宣車を走らせるのが楽しくて仕方なかった。公安委員会から道路使用許可を取りさえすれば、街宣車で音楽を大音量で流しやりたい放題だった。(鈴木信行先生『指名手配議員』)