【59】なんで謝っているのに余計殴られるのか。なんでこんなわけのわからないルールを守らなければいけないのか。――そもそも、なんでぼくはこんな基地の学校の隅にいるのか。その時に初めて自分が日本の学校の友達のところに戻りたいのだと気が付いた。

3 29

【58】目が合うと、ジェフは泣きそうな顔をしていた。小さく「I’m sorry」とつぶやくのが分かった。スペイシーはまだスティーブを蹴っている。先生はこない。本当に手遅れになると思った。――理不尽すぎた。なんでタイヤ跳びを四年生がしちゃいけないのか。

5 25

【56】それは小学生とは思えないほど品性下劣な悪口で、父親のことを誇りに思っているスティーブは我慢しきれずにスペイシーに言い返した。「おまえはオヤジがラリった時にできた子供だ」と。スペイシーはスティーブの体が二つに折れるほど強く、スティーブの腹を蹴った。

4 19

【54】スペイシーに「ムキヤマ、出ろ」と言われて前に出た。目がやばかった。今になって最初の食堂のことを思い返すと、あれはからかわれていただけだと分かるようになっていた。どうりで誰も止めないはずだ。今なら自分も止めなかった。やばい、とはこういうことだった。

5 22

【53】スペイシーは仲間五人と待っていた。幸い一番怖いロドリゲスはその中にいなかった。ただ、残りの五人も全員たばこはもちろん、「粉」もやっているという噂のやつばかりだった。全員揃ったようにナイフをチャカチャカやって待っている。五人の中にジェフもいた。

5 22

【52】場所は六年生の領分のタイヤ跳びのところ。日中、唯一日陰になっている部分なので、六年生のたまり場となっていた。向かう途中、あまりに怖くて泣いているやつもいた。最初に問題を起こしたのはぼくだが、不思議とそれは誰も責めない。それもここのルールなのだ。

4 27

【51】昼休み。スペイシーから使いの五年生が来た。謝れと念を押されて、クラスの連中もすっかり怖じ気づいた。みんなで謝ろうと決めて、全員が持っているお金を集めて、それを代表でスティーブに渡した。そうしてお互いに逃げないように服をつかんで運動場に向かった。

5 26

【50】「もしあいつがナイフこう持ったらマジだから、もうそうなったら殺す気で反撃しろ」とジェフは言い残していった。「おれはロドリゲスの仲間になったから、おまえらの味方はできないからな」

5 21

【49】昼休み直前、ジェフにトイレに呼ばれて、注意された。「スペイシーがおまえを刺すって言ってる。マジだと思う。悪いこと言わないから謝れ」と告げられた。もちろんそうするつもりだった。拳で人を殴ったこともないぼくに、ほかに方法なんてなかった。

6 25

【48】そのうちに「スペイシーたちをぶっつぶそう」みたいな話になって、クラスの男子の喧嘩自慢が団結し始めた。そのことが六年生の耳に入り、スペイシーは「あのジャップがおれの首を狙ってる」と言い出し、校内は一触即発の状態に突入した。

6 21

【47】それまで幸い本格的な喧嘩には巻き込まれてこなかったが、ジェフと友達だったせいか、いつの間にか「あいつは空手ができる」みたいな根も葉もないデタラメが浸透していて、都合が良かったのでぼくも否定していなかったために、クラスでもそう信じられていた。

5 25

【45】リンとクラスの女子数人が止めに入ってくれたが、スペイシーはリンも泥水に放り込んだ。やっと女子の一人が先生を連れてきてぼくは医務室に運ばれた。そのままその日は家に帰ることになったが、親にはタイヤ跳びから落ちたと話した。それもルールのひとつだった。

5 20

【44】タイヤ跳びは女子はやってもよかったが、男子は六年生の縄張りとされていた。そこにぼくが踏み込んだので、いきなりロドリゲスの子分で六年生のスペイシーに放り投げられた。泥水の中に落下したぼくをスペイシーは何か叫びながら蹴りまくった。

5 22

【43】一年の大半が過ぎた頃、ぼくはきっと少し調子に乗っていたのだと思う。――やってはいけないことをやってしまった。前述の美少女のリンたちがタイヤ跳びで遊んでいて、「一緒に遊ばないか」と誘われて、喜んでジェフに注意されたことを忘れてしまった。

7 28

【41】「日本人か?」と聞かれて驚いた。何しろ基地の中では日本語を聞くことはまずなかった。向こうも同じらしく、互いに日本語で話せるのが楽しかった。それでおじさんがこっそりラーメンを食べさせてくれるようになって、そのラーメンを友達と分けて食べた。

6 31

【39】皮肉にもジェフが不良グループに入ったため、ジェフと仲が良かったぼくの地位は校内で一気に上がった。それで上級生とも遊べるようになって、昼休みに屋上に登ったり、スケートボードを貸してもらったりするようになった。中でも楽しかったのはラーメンの屋台だ。

5 24

【38】ジェフはそのあとも荒れて、不良グループに入っていった。段々話さなくなったが、それでもたまに昼休み、一緒に遊んだ。いつもカップヌードルはサッカーのボールにしていたので、ジェフが何を食べていたのかをぼくは知らない。ただ、前のように笑わなくなっていた。

4 28

【37】そんなジェフは初めて見たので驚いた。あとになって聞いた噂では、ジェフは父親の連れ子で義母からずいぶん虐げられていたらしい。どのくらい本当かは分からないが、結構ひどい噂だった。ジェフだけが最初に声をかけてくれた理由がその頃になって分かった気がした。

5 30

【36】食堂のテーブルをひっくり返して、ジェフは医務室に連れて行かれた。三日の謹慎処分になったジェフの見舞いに医務室に行くと、ジェフはまだ泣いていた。「おまえのお袋は弁当作ってくれていいな。うらやましいな」ジェフはそう言っていつまでもぐすぐす泣いていた。

5 29

【35】そんなジェフがある日、急に食堂で泣き出した。いきなりカップヌードルを壁にたたきつけて叫んだのだ。「あのクソビッチが! いつも同じもん入れやがって!」そう言って、泣きながらヌードルの箱を踏みつぶした。「おれのことなんか愛してないんだ!」

6 23