大河清盛には出てなかった堀河天皇(白河天皇と鳥羽天皇の間の帝)が、13歳になりそろそろ后を…という時「妻にするならどうしてもこの人がいい」と19歳年上の叔母、篤子内親王を所望し結婚したという資料を読んでうっかり萌えた

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【落書き】百人一首の式子内親王の歌。歌意は「(私の命)よ。絶えてしまうものなら、絶えてしまっておくれ。(これ以上)生き長らえたら、忍ぶ恋心を抑える気持ちが弱ってしまい、(人目について)困るから。」これを室ちんが読んだらクラスの女子がしぬ。

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