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神聖ローマ帝国内における外来有力諸侯4人(1470年代)
左からデンマーク王クリスチャン1世、ボヘミア王イジー・ポジェブラド、ブルゴーニュ公シャルル、ハンガリー王マーチャーシュ1世
第3次マンツィケルト空中会戦の惨敗により航空優勢を失ったローマ帝国東方遠征軍の殿を務める“火消屋”第11装甲師団パフラゴンの重戦車。砲塔番号231とアンフォラの紋章、車長が身を乗り出す危険な指揮の様子から、ペンテコンタルコス(五十人長)レオーン“メテュソス”搭乗ネクタル号と推測される。
お詫び代わりに、当時のバルト海の地図をば。
ハンザ同盟は国家的な枠組みを超えて、神聖ローマ帝国を中心とした商都同士の交易ネットワークとして機能していました。 が、仲間内の取引に依存していたのが災いし、所謂「大航海時代」に起こった国際市場の拡大についていけず、次第に没落していきます。
笛を吹いて子どもたちを連れて行ってしまう「ハーメルンの笛吹き男」のおとぎ話も、神聖ローマ帝国で暗躍していた移民仲介業者による誘拐事件を描いたものとする説があるとか。今も昔も、移民ビジネスは闇が深いですね…
(参考文献:浜本隆志『「笛吹き男」の正体―東方植民のデモーニッシュな系譜』)
もとの東ローマ帝国さんの擬人化デザインはこちら。
「ラテン帝国」というのはあくまでも反対派から付けられた綽名。十字軍サイドから見れば、『帝国を滅ぼして新しい国を作った』というより、『帝国を受け継いで自分好みにリフォームした』という意識の方が強かったと思われます。
十字軍の暴走に乗じて帝国に乗り込んだヴェネツィアは、東ローマ帝国領からクレタ島などの経済的要地を根こそぎ接収し、帝都での交易独占権を獲得するなど、空前の利益を得ました。
サン=マルコ聖堂にある馬の像は、この時のどさくさに紛れて強奪したものです。(今あるものはレプリカ)