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五条バイパスから烏丸五条まで、国道1号と8号のお団子オニギリ表示が増えてきているが、開通当初は国道8号単独区間だった。以前もツイートしたが、昭和40年代の地形図では(8)のみで(1)は入っていない。昔、烏丸五条の交差点付近に国道8号の単独オニギリ標識が立っていた時代があったのか、見てみたい
自分の中じゃ、かなりいいねをもらえてるので、宣伝しとこ😊
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主に中国の戦乱の時代・五胡十六国時代についての投稿が主で、オリジナルで作った勢力地図や、ドラ●エ風地形図を使って解説しています
1964(昭和39)年9月28日、東京オリンピック開幕を目標に突貫工事が進められていた琵琶湖大橋の供用が開始された。開通当時は径間長が日本一だった。
開通前の地形図(AMS)、開通後の5万分1土地利用図、1994(平成6)年の4車線化直前の地形図、現在の地理院地図で琵琶湖大橋周辺の変遷を追った。
昭和の新田開発。東広島市志和西あたりの地形図で土地利用ごとに色分け中。左が昭和4(1929)年発行5万「海田市」地形図,右が昭和40(1965)年発行2.5万「安芸西条」地形図。等高線のパターンから扇状地とわかる。戦前は桑畑も見られる。小野池の円筒分水も,この新田開発のため。
○貞山運河
●舟入堀
①2019/10/6 貞山運河 御舟入堀「小舟で巡る運河遊覧会」掲示
②昭和七年度直轄工事年報
③昭和七年度直轄工事年報附録図面
④昭和8年地形図
→③濃い赤が埋立、薄い赤が浚泄、東側が貞山運河、西側は昭和7年開削の新運河
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「縄文海進地形図」https://t.co/o3qF0K0ZMT
拡大して埼玉県南東部あたりを比較。縄文前期の間にもけっこう海岸線が変わっている。荒川低地の入り江はどんどん短くなっているが、越谷あたりや足立区方面に張り出していた半島は小さくなっている。