「その日はバイトの最終日だった」

「ワンさんが好きに食べていいと言ってくれたから」
「お気に入りのベーグルをトースターに入れて」
「色んな想いを馳せながら焼き上がりを待っていたら」

「後ろからあの声が聞こえたんだ」

「あぁ~…やっぱり良い匂い」

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「その日を境に彼は店に来なくなってしまった」
「1週間、2週間…1カ月、彼は来なかった」
「僕は生まれて初めて後悔という感覚を味わった」

「彼の連絡先も分からず、オフィス街を探索した」
「けど会えることも無く、何もできず…僕は半年のタイムリミットを迎えた」

そんな…

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「少しずつ彼の食べる量が減ってきた」
「つらそうな彼自身も周囲の目も気している」
「食べ飽きたんだと思い、声を掛けたんだ」

「網野くん…無理して来なくていいから」

…それって…

「当時僕も若くて、言葉選びは良く無かった」

「彼の表情の意味も理解出来ていなかった」

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「"友人"…と呼べる間柄に…なった気がして、嬉しくて」

「売り上げよりも、彼の為にベーグルを用意して食べさせたい」
「彼の喜ぶ顔をもっと見たい」
「そう思うようになったんだ」

『わぁ…!素敵な話ですね!』

「……でも…」

…え?

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「数カ月経ち、拠点を構えようという話になった」
『拠点?もしかして…?!』
「君たちが通ってる店が第一号の本店だ」

『網野さんのおかげでそこまで発展を…?』
「詳細は割愛するね」
『でも…彼は毎日通ったんですね…』
「…そうだね。いつしか、客とバイトという関係から…」

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「ベーグルを大食いするおじさんはオフィス街で有名になっていったよ」
「見に来る目的の客、リピーター、日に日に増えてきてね」

「そして売り上げが毎日更新していくんだ。彼はただ好きに食べているだけなのに」

影響力すごい…

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「彼の専用席を作って」
「彼の来やすい場所、特にオフィス街を回るようにした」

「その代わりに、SNSで”ベーグルおじさん”という名物客扱いで宣伝に起用したんだ」

『…えぇ?!』

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「これはもしやと思って、次の日も同じ場所で営業をしてみたら」

「よかった~!今日もここで営業してる!」

「案の定彼は来てくれたんだ」
「もちろんその日も売り上げは好調に!」

「僕も商品棚が空っぽになるのが面白くなっちゃって、
彼に提案をしてみたんだ」

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「その彼の食べっぷりは通行人が足を止めて見惚れるほどで、気が付いたらお客さんの注文が殺到していたんだ」

「ワンさんが戻ってきたころには在庫が無くなってたから驚いたよ」

「彼は食べていただけで十分な宣伝効果を果たしたわけだ」

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「椅子の耐久が心配だったけど、彼には席で食べてもらったよ」
「ベーグル6個、半分はリベイクでね」
『量が”網野さん”だ……』

「彼の食べっぷりは見ていて爽快なほどとても美味しそうで」
「バイトを始めてから、初めて少しだけ嬉しいかもしれないって気持ちになれたんだ」

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「あ!!違うんスよ!これは試作で…」

ワンさんが早く戻ってきたと思って、慌てて振り返ると…



「…うぉっ!誰?! ストップストップ!」
「…ここ…お店…?」

「まさに食いしん坊!なライオンおじさんが、香りに誘われそこに居たんだ」

『…網野さん以外考えられない…』

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「僕も小腹が減っちゃってさ」
「魔が差して、こっそり持参したトースターにベーグルを入れたんだ」
『それ、魔が差すっていうか計画犯じゃないですか…』

「…それで焼き上がりを待っていたら」

イイニオイ…

「背後から声が聞こえたんだ」

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「じゃあ今回は君の為に色々話を省略して…」

流石に彼に失礼だったよね…反省…

「僕は売れない移動カフェでアルバイトすることになった」

「予想通り客は来ない」
「ワンさんは商品を売るために、ヒトの多い場所で路上販売もしていたんだ」

「"その日"もちょうど昼時だった」

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話が脱線してる…得意げに話す彼を止めないと…

『話してくれてありがとうございました』
「え?!」
『今日は楽しかったです!』
「待って!網野くんはこれから登場するから!
 話の順序があるんだ!」

『それならいいんですけど…』
「…君の順応性と適応力には驚かされるなぁ」

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「ワンさんに」
『また?!』

「本店らしいその店も同じように客の気配が無かった」
「だからその店でバイトしようと決めた」
『そんな基準で決めたんです?!』
「やぁ~暇で楽そうだなって思ってさ」

むちゃくちゃだ…
というか…網野さんが登場する雰囲気がしないんだけど…?

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「実際それは美味しかった。手作りの良さが伝わってくる食べ応えで味も良かった」
「でも飲み物が欲しくなっちゃってね」
「近くを検索したら移動カフェがあるから寄ってみたんだ」

「そしたら、そこでついに出会ったんだ」
『今度こそ網野さんに!!』

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「当時の僕は何不自由しない暮らしだったから毎日遊んでたし、いきなり頑張りたくなかった」
『えー…』

「まぁ流石に社会見学はして来いと参加をさせられてね」
「でも僕はヤル気もないから公園を散歩していた」

「するとそこで出会ったんだ」
『出会ったって…網野さんに!?』

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「候補として孫にあたる僕の兄弟4人が指名された」

プライドが高く失敗をしない長男
頭脳明晰でインテリジェンスな次男
底なし体力と強靭な精神力を持つ三男

「兄達は皆優秀で将来有望、末っ子の僕は…」
『人一倍頑張ったんですね』

「興味がなかったから辞退したよ」

えー?!

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「僕の家系は代々権利譲渡の”仕来り”があるんだ」

"失敗を認め乗り越える者"
"将来性を見通し投資できる者"
"自らが現場に飛び込める者"
"コストを管理し経営回復できる者"

"これら全てを兼ね備える者に権限を譲渡する"
"継承を望む者は半年間で実績証明せよ"

『過酷な条件…』

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「僕がいま運営管理している会社は20社あってね、僕はそれらグループの総括・統轄の責任者なんだけど」

『20社……』

「もう15年くらい前かな、それまで1人で管理していた僕の爺さんが引退を機に跡継ぎを決めることになったんだ」

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