しばらくしてエマがやってくると、エミーはすぐに立ち上がって、にっこりと笑った。エマは、どことなく暗い顔をして、朱里の胸元に手をあてて、船外服の前をそっととじた。



 ぶかぶかの宇宙服をきて、鞄をせおって、はしごを降りる。
「……あの、」

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 朱里は不安になって、船外服の胸元を右手で握ったまま、よろよろとエミーに近づいた。
「ちょっと!」
 耳元で叫んでも、反応はない。
 どきんと、心臓が大きく跳ねた。
 ぞっとする。
 おもわず手を出す。エミーの、かたい頬にふれる。冷たい。

 がたん、

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 サイズが合わないので、手袋は指の先が余ってしまった。袖をまくろうと思ったが、うまくいかない。脚も丈が余っていて、歩きにくいが、仕方がない。
 切れ目を留めようとして、気づく。チャックがない。ただの、なめらかな切れ目だ。
「これ、どうやって……

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 足下の、宇宙服をみる。

 むかし、テレビや写真で見たことのある宇宙服とは、だいぶ様子がちがう。一見したところ、グレーの生地にオレンジの線が入った、普通の作業着のようだ。ただ、長靴風のブーツと手袋は、作業着と一体化して、切れ目なくつながってい

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 この旅がはじまったときに、宇宙船デイジーベルで支給された下着。ただの布みたいに見えるが、なぜか、まったく汚れがつかない。
 鞄のポケットから布を出して、眼鏡を、かるく拭く。これがなければ、何も見えない。
 木でできた、可動部分のないフレームと

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 エマはいない。エミーが、倉庫の入口ちかくに立って、こちらをじっと見ている。……いや、見ている、のだろうか? とにかく、目をあけてこちらを向いているのはたしかだ。
 飾り鎖をはずして、袖のないトップスを脱ぐ。ショートパンツをおろすと、ざらりと小

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 カセイジンに相談したいな、と思う。
 いつも、余計なことを言うばかりで、役に立ったことなどないのだが。



 朱里が着ているのは、砂漠の国でパ=ルリという女にもらった服だ。宝石と飾り鎖と、腰のまわりに広がった薄布が、動くとふんわりと揺れて、そ

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「加速?」
「宇宙船に速度を与えるの」
「それは、……わかるけど。」
「今回の実験は、2つの目的を兼ねていて。……ひとつは、新開発のエンジンの試験。もうひとつは、加速そのもの」
「加速、……そのもの?」
「物体が、光速に近い速度で運動したとき、どう

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「知らないの?」
 エマは一瞬だけきょとんとして、それから、首をふった。
「……実験、」
「どういう実験なの?」
「ほんとうに、知らないの? ニュースとかで、……」
 朱里はぐっと目を見ひらいた。そんなに、有名な実験なのだろうか。
「……知らない」

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 地球の、ではなく、日本の。その単語が、通じるのかどうか、不安になる。

 そもそも、ここは、……

「やっぱり! そうだと思った」
「え?」
「名前。日系の名前でしょ」
「まぁ……、」
「母国語は英語なの? バイリンガル?」
「それは……、」
 朱里

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 かるく振ると、小さな立方体の1面が変形して、急須の吸い口のようなものが出現する。
「ここに口あてて、飲んで。」
 朱里は、タンクを足元において、あわててそれを受け取った。かたい感触。ひんやりと冷えて、アルミの水筒みたい。
「これ、……水が入って

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「……コップ、とか。ある?」
 ちいさく、そうつぶやく。その前に、まず注ぎ方がわからないのだが。
「あ、こうするの」
 エマが立ち上がって、手をだしてくる。突起のようなところに指をかけて力を入れると、螺旋がくるりと回って、中から、シュッと高い音がし

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「どうぞ、エマ」
 エミーは、立方体を、ひょいとエマに手渡そうとした。エマはかすかに笑ったまま、ちょっと身体をかたむけて、それを避けた。
「ありがとう、エミー」
 ……さっきまでとはうってかわった、やさしい声で。
「アカリに渡して」
「はい」
 エ

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「へえ?」
 エマは、一瞬だけ眉をひそめて、……それ以上、なにも聞き返してはこなかった。

 ……しばらくして、ドアが開いた。

 エミーが顔をだす。倉庫にいってきたらしい。器用に肩をすぼめて、丸い入り口から這い出してくる。小さな左手で、軽々と体重

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「あなた、船外服は?」
 そういわれて、朱里はきょとんとして首をふった。
「船外活動服。まさか、」
「えっと、……宇宙服? もってない」
「はあ?」
 エマは、はじめて大きな声をあげた。ぎゅっと眉をひそめて、
「どうやって、ここに入ってきたの?」

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「アカリ。……ここで、何があったの?」
 そう、きかれても、
 朱里は、何もいえなかった。



「……わたしは、べつの世界からきたの。だから、……」

 ……ここのことは、知らないの。

 朱里が、目を伏せて小さな声でそう言っても、エマは、ほとんど

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 黒髪の女──エミーは、きれいな高い声でそうこたえて、朱里の横をすっと通り抜けていった。丸窓に、ぐいと体をいれて、出ていく。
 目も、あわせずに。
(やっぱり、似てる……、)
「……クロヒナギク、かな」
 おもわず口をついて出たことばを、エマが聞

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 ほとんど足音をたてずに、三歩、進んで、座席にかけているエマの右肩の、すぐそばで、かるく頭をさげる。
 首をまげても、女の長い黒髪は、……うなじのラインにそって、ぴったりと背中にくっついている。重力に逆らっているみたいに。
 間近でみると、思っ

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