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・議論では相手の意見を尊重し、絶対に否定から入ることはなかった
・本名は「杉原鐡一」?
・広島市内では中区材木町に頻繁に出没
・渋沢栄一に会いに飛鳥山邸を来訪した
・晩年は京都に滞在していた
・昭和13年?12月13日、神戸にて脳出血で客死(『珍物画伝』にある年齢が本当であれば、64歳没?)
皆様に描いていただいたゲンジです。
サークルオニムシ(ロケ部)さん @onimushisan
キケロさん@eHh0VwflR7qOEm0
そばさん@show_giku
まゆなさぎさん@yamamayuga_852
いつも本当にありがとうございます😊
大変励みになります!
今日は横浜開港記念日(旧暦)ですね。大谷嘉兵衛が横浜に赴き、親戚の小倉(伊勢屋)藤兵衛方に奉公することになったのは文久2年、横浜開港から約3年後のことです。この年の出来事として坂下門外の変、生麦事件などがありますが、嘉兵衛は慶応2年に生麦村で生まれ育った女性を妻にめとっています。
本日5月23日は原善三郎の新暦の誕生日なので似顔絵を。
善三郎は文政10年に武州に生まれ、幕末に横浜に出て生糸貿易で財を成し、明治期には横浜商人の長老的存在として政界にも進出しました。
老武士に説教をする、ゆすりの浪士に嫌味を言う、山賊に襲われるも返り討ちにするなど、武勇伝が色々😂
西条村製糸場の設立にあたって、大里は事前に官営の富岡製糸場を視察しており、彼は富岡製糸場へ工女や青年を派遣して技術を学ばせている。富岡製糸場の伝習工女だった和田英は西条村製糸場に迎えられて指導者となった。
大里は、明治11年に長野県御用掛となり長野県営製糸場の主務を務めた。
本日5月14日は大久保利通の命日ということで、洋服選びをする大久保参議とそのお手伝いをする秘書官・滝吉弘(作曲家滝廉太郎の父)です。
吉弘は佐賀の乱で佐賀軍兵士から大久保を庇ったことがきっかけで彼に引き抜かれ、大蔵省・内務省に奉職した後大久保自らの要請で秘書官となり、信任を得ました。