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自ら水彩をAmerican Mediumと呼ぶほどに、アメリカにおける水彩の受容と発展の歴史は分厚く、モダニズムとのかかわりも深い。水彩を扱いながらそこを無視するのは難しい。
このところ写実におけるレンダリング(モデリング)の問題をずっと考えていて、「水彩画」だとそのあたりのことはあまり明示的に取り沙汰されなかったりするのだが、その観点からこのDemuthの水彩を見ると、この画家の水彩がいかにユニークかが改めて認識される。
1980年、一浪のとき『Art Today'80 絵画の問題展 ロマンティックなものをこえて』と題された藤枝晃雄企画の展覧会を西武美術館に観に行った。作家のラインナップは辰野登恵子/根岸芳郎/依田寿久。当時「絵画の復権」ということが謳われていた。勿論それには「絵画の終焉」が前提になっていた。
劉生の1912年の自画像(部分)は明らかにポスト印象主義的でありフォーヴ的ですらあるがそこでは大胆な筆触分割が用いられる。1913年の自画像は古典回帰的になりつつ、筆触分割の要素は残る。1916年になると筆触分割はなくなり、擬古典的なスムースなレンダリングとなる。
1940年代生まれの有元利夫は受験期にオンタイムで一世を風靡していた作家。自分的には深い関心はなかったけれど、当時その物凄い影響力を目の当たりにするかんじだった。