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←日本で恐らく一般に想像される姫騎士
→アメリカが提示したアラビリ(アラウンドビリオン)で相思相愛殺し愛熱血ヤンデレで末っ子妹で戦争の神の姫騎士Xivu Arath(Osmium王の末女)
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アルセーヌの肖像画は彼が剣術家から学者(剣術史の歴史家?)に移り変わる様を示しているとの事。剣を遠くに、本を近くに。
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久々に読んだけどやっぱりあの絵柄はキツかった。あんまり言いたくないけど英語圏の掲示板とかで見るミーム用の絵(wojakとかsmug frogとか)のようなアート。
人間の身の丈ぐらいの刀剣で二刀装備、多分フォアランナーのWarrior-Servant階級の武士だったのかも知れない(右の持ち上げられている超人兵士は平均すると身長210cm代、左のフォアランナーは350cm代)。
割とどうでもいいけど、姫子ちゃんの名前は特に深い設定が無ければ、お姫様のようなかわいい女の子に育って欲しい(願望混じりのクソ雑推測)との願いで付けられたのでは。
まあ永遠の27歳の美少女だし、実際かわいいしな。
この前も言ったが幼年期の終わりについてはどうもオーバーロードに感情移入しすぎているというか、誤ったものを崇高だと思いこんでいるかわいそうな種族って感じの感覚がある。
彼らは美しく気高い種族だと思う。間違った君主の下で働いている以外は。
幼年期の終わりって私の中だと、美しく気高い種族オーバーロードが誤った君主に仕えていて、しかも絶対に報われる事はないし、その君主の元で無自覚大量虐殺が繰り返されている…っていう認識にしかならなくて、オーバーマインドがとても邪悪なものに見えてしまう。