【53】スペイシーは仲間五人と待っていた。幸い一番怖いロドリゲスはその中にいなかった。ただ、残りの五人も全員たばこはもちろん、「粉」もやっているという噂のやつばかりだった。全員揃ったようにナイフをチャカチャカやって待っている。五人の中にジェフもいた。

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【52】場所は六年生の領分のタイヤ跳びのところ。日中、唯一日陰になっている部分なので、六年生のたまり場となっていた。向かう途中、あまりに怖くて泣いているやつもいた。最初に問題を起こしたのはぼくだが、不思議とそれは誰も責めない。それもここのルールなのだ。

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【51】昼休み。スペイシーから使いの五年生が来た。謝れと念を押されて、クラスの連中もすっかり怖じ気づいた。みんなで謝ろうと決めて、全員が持っているお金を集めて、それを代表でスティーブに渡した。そうしてお互いに逃げないように服をつかんで運動場に向かった。

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【50】「もしあいつがナイフこう持ったらマジだから、もうそうなったら殺す気で反撃しろ」とジェフは言い残していった。「おれはロドリゲスの仲間になったから、おまえらの味方はできないからな」

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【49】昼休み直前、ジェフにトイレに呼ばれて、注意された。「スペイシーがおまえを刺すって言ってる。マジだと思う。悪いこと言わないから謝れ」と告げられた。もちろんそうするつもりだった。拳で人を殴ったこともないぼくに、ほかに方法なんてなかった。

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【48】そのうちに「スペイシーたちをぶっつぶそう」みたいな話になって、クラスの男子の喧嘩自慢が団結し始めた。そのことが六年生の耳に入り、スペイシーは「あのジャップがおれの首を狙ってる」と言い出し、校内は一触即発の状態に突入した。

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【47】それまで幸い本格的な喧嘩には巻き込まれてこなかったが、ジェフと友達だったせいか、いつの間にか「あいつは空手ができる」みたいな根も葉もないデタラメが浸透していて、都合が良かったのでぼくも否定していなかったために、クラスでもそう信じられていた。

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【45】リンとクラスの女子数人が止めに入ってくれたが、スペイシーはリンも泥水に放り込んだ。やっと女子の一人が先生を連れてきてぼくは医務室に運ばれた。そのままその日は家に帰ることになったが、親にはタイヤ跳びから落ちたと話した。それもルールのひとつだった。

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【44】タイヤ跳びは女子はやってもよかったが、男子は六年生の縄張りとされていた。そこにぼくが踏み込んだので、いきなりロドリゲスの子分で六年生のスペイシーに放り投げられた。泥水の中に落下したぼくをスペイシーは何か叫びながら蹴りまくった。

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【43】一年の大半が過ぎた頃、ぼくはきっと少し調子に乗っていたのだと思う。――やってはいけないことをやってしまった。前述の美少女のリンたちがタイヤ跳びで遊んでいて、「一緒に遊ばないか」と誘われて、喜んでジェフに注意されたことを忘れてしまった。

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【41】「日本人か?」と聞かれて驚いた。何しろ基地の中では日本語を聞くことはまずなかった。向こうも同じらしく、互いに日本語で話せるのが楽しかった。それでおじさんがこっそりラーメンを食べさせてくれるようになって、そのラーメンを友達と分けて食べた。

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【39】皮肉にもジェフが不良グループに入ったため、ジェフと仲が良かったぼくの地位は校内で一気に上がった。それで上級生とも遊べるようになって、昼休みに屋上に登ったり、スケートボードを貸してもらったりするようになった。中でも楽しかったのはラーメンの屋台だ。

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【38】ジェフはそのあとも荒れて、不良グループに入っていった。段々話さなくなったが、それでもたまに昼休み、一緒に遊んだ。いつもカップヌードルはサッカーのボールにしていたので、ジェフが何を食べていたのかをぼくは知らない。ただ、前のように笑わなくなっていた。

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【37】そんなジェフは初めて見たので驚いた。あとになって聞いた噂では、ジェフは父親の連れ子で義母からずいぶん虐げられていたらしい。どのくらい本当かは分からないが、結構ひどい噂だった。ジェフだけが最初に声をかけてくれた理由がその頃になって分かった気がした。

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【36】食堂のテーブルをひっくり返して、ジェフは医務室に連れて行かれた。三日の謹慎処分になったジェフの見舞いに医務室に行くと、ジェフはまだ泣いていた。「おまえのお袋は弁当作ってくれていいな。うらやましいな」ジェフはそう言っていつまでもぐすぐす泣いていた。

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【35】そんなジェフがある日、急に食堂で泣き出した。いきなりカップヌードルを壁にたたきつけて叫んだのだ。「あのクソビッチが! いつも同じもん入れやがって!」そう言って、泣きながらヌードルの箱を踏みつぶした。「おれのことなんか愛してないんだ!」

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【34】もっとも「回転トルネード投げ」は徐々に標準化し、クラスの王座は一月天下となったが、それでもかまわなかった。その頃にはもうクラスの誰もがぼくのことを「テディー」と呼んでくれるようになっていた。ジェフが言っていた通りだった。仲間は名前で呼ぶのだ。

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【33】「サムライ投げ」とか「ニンジャ投げ」と命名されたその投げ方をぼくはクラスの男子にだけ伝授した。そのことでうちのクラスは一躍「4スクエア」の無冠の帝王となり、ぼくはしばらくの間「4スクエアの王」として名を馳せた。

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「三合会は超サイコー」って言ってくれそうなキャラを作りたくて試行錯誤。張さん好きなんだよね。
敢えての金網越し

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【32】ぼくの日本の小学校ではこのゲームは「水爆」という名前で以前から流行っていた。技も研究され尽くしていて、究極奥義「回転トルネード投げ」を男子は全員身につけていた。初心者だらけのペリースクールでいきなり披露した「回転トルネード投げ」は衝撃を起こした。

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