やっぱり命鶴丸はでてくるよね
(一瞬鹿の角に見えた)

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「一文字不通」とは言葉の読み書きが全くできないの意であり、恐らく彼は山名時氏と思われる。というのも山名時氏は今川了俊に「山名って読み書きも出来ない馬鹿だけど良いこと言うんだよね~」という称賛風罵倒を受けているから。山名氏は普通に由緒あるので読み書きできないわけがない

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そのことに感激した上山は、その後ピンチに陥った師直の元に駆け付け師直の鎧を着たまま「我が名は高師直!」と叫びそのまま討ち取られた
楠木正行は師直と思い込んだ上山の首をお手玉にして遊んだが、直後偽物と知り激怒
それでも正行も上山を「日本一の勇者」と讃えたという

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上山は戦の前に師直の陣中を訪れていたところ楠木兄弟の奇襲に遭う
そこでとっさにそこにあった鎧を身に付けて出陣しようとしたが、それは師直の鎧で師直の郎党と口論になった
しかしそこに現れた師直は「緊急事態だから鎧くらいいいだろう」と気前よくその鎧を与えたという

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実は諱すら不明の人物で一次史料『園太暦』でも「正行の弟」表記。正時は『太平記』の記述による
影が薄い理由は諏訪時継と同じで、兄の正行と死ぬまで行動を同じにしたため正行に活躍が一本化されたから
ただ人気の高い兄と並び四条畷神社の一柱として祭神に祀り上げられた

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……有名人の親族で、しかもしっかり戦功もあるはずなのに何故か影が薄いという諏訪の武神と似たようなポジションの人です
『太平記』での死に様は敵の手にはかからせまいと兄と共に刺し違えたものですが、これも楠木正成とその弟正季の死に様のコピペという……

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【Tips】師直の影武者
師直も手こずったという楠木兄弟との四条畷の戦い
『太平記』によると師直にはこの戦で上山六郎左衛門という影武者がいたという
ただし、逃げ若内での最初から影武者として使い捨てる気満々な酷薄な運用方法と違い『太平記』では美談として語られている

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逃げ若武将名鑑【楠木正時】
楠木正成の次男
そして楠木正行の弟
おわり
 

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後世においては潔い死に様も含めて多くの人々の心を打ったが、当時の南朝政権からしたらこれから来る足利の内乱を前にした最強戦力の死はあまりに惜しかっただろう
人よ、花よ、と凄絶に散ってしまったその生き様は確かに眩いが、もし生きていたら……とも感じてしまうのだ

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1348年、四条畷の戦いで高師直軍と激突。一時は有利だったが、経験に勝る師直の挟撃に苦戦
それでも粘り続けるが決定打を与えられず、そのまま力尽きて自害
『園太暦』は正行の死を聞いた京の人々の騒ぎを「祝賀」と喩えたが、そこまで恐れられた勢いある将の突然の死であった

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中々動かなかったのは諸説ありますが『太平記』では尊氏が(善意で)届けた父の首を見てショックを受けて自害しようとしたところ、正成の遺命を受けた母から「今は力を蓄えて成長したら朝敵を滅ぼせ」と諭されたからとされる
そして時が来ると溜め込んだ力が一気に発散される

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しかし、記録に残っている戦功自体は紛れもない事実であり、父同様に結果を出した上で個人として神格化されたのは間違いないだろう
ただ、1341年の出兵まで領国河内で内政に勤しみ、その後の戦も河内周辺に限られるなど、全日本人から信奉された割に活躍規模は実はローカル

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捕虜救出の逸話も父の正成や弟の正儀にも似たようなものがあり、小楠公伝説は後世に創り上げられたものも多いのが実情
実は年齢もあやふやで、桜井の別れで少年として出した『太平記』が、別の記述では年齢の矛盾を起こす猿展開をしていたりする。『太平記』はルール無用だろ
 

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戦の中で川で溺れる敵将すら助けたという逸話は日本赤十字社の広報にも使われるなど、強さと優しさを兼ね備えた名将と謳われる反面、逆に戦以外での活躍や逸話というものが全くない
これは正成と違って京都に登らず、公家の記録に残らなかったからとされる
 

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英雄の血を引いた英雄であり、活動期間僅か7年の間に劇的な勝利を重ね、その強さは「不可思議」の域にあるとまで讃えられた
劇中では師直が中傷しているが、正行担当の細川顕氏や山名時氏は足利屈指の武闘派で、それに20歳そこそこで連戦連勝する正行は化物と言うほかない

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逃げ若武将名鑑【楠木正行】
軍神楠木正成の息子にして南北朝の花形スター
大楠公と称される父に負けず劣らずの人気を博し、皇国史観においては孝子・忠臣・博愛の将として激賞され「小楠公」と呼ばれる
その魅力は若くして散るというあまりに苛烈な生き様が発している

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もう3人娶るからこの際どうでも良いのだが、若にとっての雫と亜也子の認識が、魅摩を選んだら即殺にかかるイメージなの酷すぎて笑ってしまう

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ヒトリタケナンテエラベナカッタのか

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・その他有象無象…信濃潜伏中にあちこちの世話になったであろう家が、多分箔付けの名目で「ウチの巫女は実は若君とデキてた」「俺の爺ちゃんの爺ちゃん北条時行」とでっち上げられまくったと思われる。巫女と子作りしまくったゴシップの風聞の元

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