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今週のヒーローズリボーン。ブラーがワンダに抜き取られた自身の魂を見上げる場面見て、改めてキリスト教圏と日本では「魂」についての考え方が違うなあと思った。自身の魂を客観的に見るのは日本人にピンと来ない気がする。そういう訳語が当てられているだけで、違う概念と思った方がいいのだろうか?
ヴィクター、恋人への愛を語りながら「僕は“キャプテンアメリカ”でGoogleアラートを設定しているけど…」と、さらっと新事実をカミングアウトしたな
色々な人種・宗教・属性のキャラが続々出てくるのって実際「スレンダーな白人美女」「スレンダーな白人美女」「スレンダーな白人美女」みたいな感じになるとキャラが被りまくってので個々が残れなくなるという商業的理由が結構あると思う。なんだかんだで連載レースはバトロワなので死ぬタイトルは死ぬ
一方で同じMARVELヒロインでも第一話からパンモロ、排尿シーンまで晒した白人美少女ミュータントのキデンちゃん、すぐ打ち切られて、今どこで何やってるのかも知らないのだよな。売れる、売れないって不思議なんですよね。イスラム系ヒロインのカマラなんかは今は超人気者だしな…
あとヒーローズ・リボーンさあ、単純にハイペリオンがスーパーマンのパスティーシュかと言えばそうではなくて、例えばこの歴史教師という職業。これキャプテンアメリカの仕事の一つだったよね、クラーク・ケントではなく。だからキャプテンアメリカの代替存在でもあるんだよな
個人的にスコードロン・スプリームで一番好きかもしれないヒーローが「親指トム」。天才的頭脳を持つが、生まれつき背が低く、基本的に体育会系の集まりのヒーローチームでは軽視され、必要な時しか相手にされない。それが分かっていながら、必要とされるのが嬉しくて頼み事は何でも聞いてしまう…
ヒーローズ・リボーン、ピーター・パーカー篇を読んだがこれまた面白いね。ピーターが心なしかトム・ホランドっぽく見えるのは髪型のせいかもしれないな