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ギガマックさんのイラストまとめ


イラストと字を書くことが大好きな京都在住の男性です。自然、食べ物、アニメ等を描いています。 朝活、書写イラスト2000日突破。好物、絵を描く事、字を書く事、スイーツ作り。【注】怪しさ満載のDMお断り🙅

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三好十郎:吉江喬松に師事して初め詩作に励む。昭和3年「首を切るのは誰だ」を発表。プロレタリア劇作家として知られたが、のち組織を離れる。10年PCL(東宝の前身)に入りシナリオを執筆。戦後「崖」「廃墟」など数々作品を残した。

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南部修太郎:慶大在学中から「三田文学」に翻訳や小説を発表し、卒業後同誌の編集主任をつとめる。大正5年「修道院の秋」で注目され、三田派の作家として多くの作品を発表した。

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ロマン・ローラン:ソルボンヌ大学の音楽史教授の時「ジャン・クリストフ」を書いた。第一次、第二次世界大戦中はスイスに住み、作家生活を続けた。初め英雄主義的理想主義を唱えていたが、第一次大戦中は反戦論を唱え、第二次大戦中も平和主義者として活躍した。

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サキ(本名、ヘクター・ヒュー・マンロー):イギリスの小説家。ビルマ(現ミャンマー)に生まれてイギリス本国で教育を受け、のちビルマ警察に勤めたが病気で退職、政治風刺に筆を染める。

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坂口安吾(1906〜1955):1931年「風博士」等で認められ、戦中の卓抜なエッセー「青春論」、エッセー「堕落論」、小説「白痴」で戦後の混乱期の人々の心をとらえ一躍流行作家となった。

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アンデルセン:オーゼンセの靴職人の子に生まれ、1819年俳優を志してコペンハーゲンに出たが、やがて文学を志す。35年イタリア旅行の印象に基づく小説「即興詩人」によって広く文名を馳せる。以後毎年のように童話集を出して、150を超す童話を書き童話作家として全世界に知られた

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原民喜(はら たみき)1905〜1951:1935年コント集「焔」を自費出版、その後数年間は多産の時期で「三田文学」などに多くの短編小説を発表。45年8月、実家に疎開中、広島で原爆投下にあう。その体験を基に47年「夏の花」を発表、抑制された筆致で描かれた原爆の惨状は読者に衝撃を与えた。

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小川未明(1882〜1961):ロマンチックな作風から社会主義的傾向へと変わったが、のちに童話に専念。童話を文学として確立した先駆者の一人。童話「赤い蝋燭と人魚」等。

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宮本百合子:17歳で「貧しき人々の群」を発表、結婚、離婚を経て昭和2年ソ連に留学し、帰国後共産党に入り、宮本顕治と再婚。弾圧下で執筆活動を続け、非転向を貫いた。

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田山花袋(本名、録弥):評論「露骨なる描写」を書き、「文章世界」の主筆となって自然主義文学を鼓吹、1907年、告白的な暴露小説「蒲団」を発表。続いて「生」「妻」等を書き、島崎藤村とともに自然主義文学の代表的作家となった。

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