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セザンヌによる「木の葉のように世界を見ること」と、ゴッホによる「草のように世界を見ること」を拡張的に考える。セザンヌの「風景の中に空気を感じさせる」とは、単に空間があるのではなく、空気を感じさせる「場所」を形成。
一方ゴッホの草とは「場所」を奪い、大地=全体を覆い尽くすものだ。
この作品を見て思ったこと、「木がもやしみたいだ」ということ。セザンヌの絵画において木の根は信用できない。セザンヌ絵画において、木が立っていることを信じれるのは幹の中間部分のハリによってなのだ。ゆえに木は大地に立つのではなく、宙吊りによって伸びているかのようになっている。
つまりムンクとジャコメッティは、真逆のこと(接近と遠のき)をしつつ同じことをしてる(距離とサイズに対する認識=存在の揺らぎ)と言えるな。