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名所の花を見に行ったにも関わらず、マツバの視線は花の前で立ち止まり、その鮮やかな黄色を眺めて見事だと呟いた。
「この花、なんて名前なんだろうね」
「知るか」
早々に問いに答えるのを諦めて一蹴してやると、マツバが肩を竦めて笑う。
「誰からも名を呼ばれないなんて、寂しいじゃないか」
枯れかけてきた真紅の薔薇がマツバ色に染まってたから……!
ミナキくんから薔薇をもらって、マツバの指先が触れたら、瞬時にこの色になって朽ちてくれたらいいなって思った。
「君に触れたら、こうして色を失ってしまうのかな」
「君の色に染められてしまっただけだぜ」
なんて、ね!なんてね!
猫足バスタブに足をかけて、浴槽いっぱいの泡に埋もれたマツバは、これぞ愛人の特権だなどと言い放つ。
「次は薔薇の花びらいっぱいのお風呂がいいな」
俺の胸元に掬った泡を滑らせながら、蠱惑的に囁かれれば、断る理由はない。泡に埋もれた身体を探り当て、脇腹を撫でると、奴は擽ったそうに笑った
穏やかな檜の香りに包まれて共にする湯浴み。大きな浴槽の縁に頬杖をついてもたれるマツバの頬はふにゃりと緩み、日焼けをしていない肌は熱めの湯にあてられて僅かに染まっている。張り付いた濡れ髪がまた色めいていて、私は洗髪に専念しようと目を逸らした。
「ミナキくん、髪洗うの三回目だよ」
降り注ぐ雨と遠くに見える稲光。濡れた体を寄せ合うと、マツバは一言いいよと告げた。
頬に張り付いた金の髪を撫でつけながら、角度を変えて口付けると、時折鼻にかかった吐息が雨音に混じる。
「…水も滴るなんとやら、だね」
服ごしに脇腹をなぞる指先が憎らしくて、俺はまたその唇を塞いだ。
梅雨晴の火曜日。出迎えてくれたマツバは伸びた襟足を紐で束ねて結んでいた。
「似合ってるぜ」
跳ねた毛先を指先で弄り、密かに薬指でうなじをなぞると、彼は一瞬背を震わせた。敏感で結構。
「やめてくれよ、ミナキ……、あ」
久方ぶりに呼び捨てられた名にあてられ、私はその首筋に口付けた。
着物を引き取りに行く日に限って。
空から落ちる雨粒に溜め息をつくと、姐さんは笑って大ぶりの傘を差し出した。
「雨は素敵な出逢いを連れてきてくれるものだよ、ハヤトくん」
そういえば、この人に出逢った日も雨だったな。しっとりと張り付いた蜂蜜色の髪を思い返し、俺は慌てて外へ繰り出した。
伝説を汚す冷血な組織の構成員同士が愛情を語るという矛盾。それに純粋な興味を抱き、軍人顔負けの大柄な彼を寝所に誘ってみると、本人よりあっさり許可が出た。片割れは納得していないようだが、僕には関係ない。
「ブソンに手をつけるとは…恥を知れ、女狐」
「その言葉、そっくりお返しするよ」
彼の為に作ったフルートグラスは、彼の唇が私の手で作られたガラスを挟んで余すことなく触れてくれるように、薄く繊細に。グラスの底にはフランス語で愛の言葉を彫って添えた。
それにシャンパンを注いで彼に差し出せば、グラスを掲げたマツバが微笑む。
「君の瞳に乾杯」
それは私の台詞だぜ。