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#PortfolioDay
I am drawing a picture of a Japanese samurai. Many of the works are dramatized with humor.
【鳴弦の儀】平山季重は、一連の平家追討戦で度々武功をあげた武士で、後白河法皇がその功に報いて右衛門尉に任じたところ、頼朝が「顔ハフワフワトシテ稀有ノ任官哉」と主に無断の受任に激怒した(『吾妻鏡』元暦二年4月15日)が、その後の源実朝の誕生時には、鳴弦の役を仰せつかっている。
【立ちずくみ】村上義光(義日)が大塔宮の身代わりに自害した後、子の義隆はなお追いすがる幕府軍から宮を逃がすため、一人留まり、馬も人も構わず斬りまくって時間を稼いだ。致命傷の矢傷を負って戦えなくなると、太刀を地に突き刺し、立ったまま絶命した。(西源院本太平記第七巻)
@dragon_tiger70 『前賢故実』だと「墨染」としてますが、盛衰記、平家物語とも墨とは書いてないですが、戦になったら黒くすると前々から言ってたみたいなので、独自の染料を研究してたかもしれません。筆で黒く塗ってる郎従の顔がイラッとします。
【斎藤実盛】篠原の合戦において、平家方の実盛は、錦の直垂を着ることを願い出、髭を黒く染め、若々しく装い、良き敵を求めて討死した。その首を見た木曽義仲は、幼時にわが身を匿ってくれた恩人の実盛であったと知り、悲しみに暮れたという(平家物語巻7「篠原」、「実盛」)。
#バトルマンガで歴史が超わかる本
この本に収録されている漫画の作画を担当しました。ご興味ある方がいらっしゃれば、手にとってみてください。詳細はリンク先を!すごく大変でしたので、よろしくおねがいします。
https://t.co/HSHTUOW08p
【夜叉九郎】出羽角館の戸沢氏は、常に周辺の大族に圧迫されていたが、盛安の登場で確固たる勢力を築き、小田原に赴いた秀吉に謁して本領安堵を得たが、直後に急死してしまった。また、戸沢氏躍進の契機となった唐松野の戦いで斃れた安東愛季も、出羽を代表する大勢力を誇った戦国大名である。