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【笠印】下河辺行平が頼朝に献上した兜には、本来袖につける布(袖印)があった。行平は、武士の本懐は先駆けであり、であるならば目の前の敵には名乗りを上げることで、味方にはその後ろ姿で名を知らしめることができるから、兜の後ろに印をつけるのだと語ったと『吾妻鏡』文治五年七月八日条にある。
#エアコミティア137_歴史
【可児才蔵】小牧長久手の陣で敗れた大将の豊臣秀次は、徒歩で退却するほどの混乱ぶりであった。そこを馬で通っていく才蔵を見るや「その馬を貸せ」と命じたところ、才蔵は「雨の日の傘でござる」と言い捨て逃げていった、という逸話が『小牧陣始末記』に紹介されている。