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じぶんが「とてつもなくめんどくさいやつ」になってるようにかんじるときもある。それでかってにへこんで「こんなくずがいきててごめんなさい」っておもうときもある。あるよ。
「わかんない。もうなんもわかんない。やだ。ぜんぶやだ。みんなきらい」ってなるときもあるんだよね。どうしようもなくあるんだよね。でもそれはだめじゃないからね。ゆっくりしようね。なでなで。
だれになにをいわれようと 「しあわせ」だけは じぶんできめなさい。
Q「やさしいってなに?」 A「『ていねい』っていいかえれば、わかりやすいんじゃないかな。なにごとにも、ていねいでいることが、うけてには『やさしさ』としてつたわるとおもうよ」
たとえはなれていても ちからをもらえる そんなひとのことを たいせつにするといい。
「わらうかど」に ふくがくるのもいいけど 「なみだするきみ」にも いっぱいのふくが きますように。
「こころのぐあいがわるいくせに、あそびにはいけるんだね」じゃないんだよね。そのことばで、よけいぐあいがわるくなるんだよね。あそぶのに「きょか」なんていらないから、おもいきりあそんでいいんだよ。ぜんぜんいい。なでなで。
きみがみてきた、つらい「ばめん」を。いわれてきた、つめたい「ことば」を。されてきた、いやな「しうち」を。あじわってきた、さいあくの「できごと」を。わすれさせるちからは、ぼくにはないけど。「そうだったんだね」って、うなずくから。ずっとずっと、こころをなでるから。なでなで。
たいせつなひとの つよがっていう 「げんきだよ」も 「なんでもないよ」も 「だいじょうぶ」も ぜんぶぜんぶ ぎゅっとだきしめて "おせろ"みたいに ひっくりかえしたい。
まわりにどんなに 「いまのままでいいじゃん」 とかいわれても 「わたしはこうなりたい」 っておもいえがいてる りそうがあるんだよね すこしずつでも そのじぶんのりそうに ちかづけるといいね。