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「田舎の住人。」
都会にいると想像がつきにくいですが、
田舎の実家では玄関で全力で叫んでも誰にも声が届きません。
そのため家庭内でも町内放送のようにスピーカーから連絡が流れます。
わああーと叫んでも、どこかの野良犬が遠吠えで応えるだけです。
「ひかるの話。」
僕の作った倶楽部には肯定も否定もなく、
弱いものが寄り添う場所でもない。
本音を言える場所とか、仲間がいる場所でもない。
ただの場所、ただの四方を囲まれた部屋だ。
弱いものが寄り添っても何もならないことを、
ひかるはよく知っていた。
「能力者。」
なんでこうなったのかはサイトに書いたが、一つ確かなことが言えるとすれば、
やらんでいいことはやらん、というのが幸せの第一歩である。
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2018年のiPadProは、物欲の全くない僕にとって唯一役に立った買い物でした。
このマンガ(2018.11.17)の通し番号が889で、昨夜描いたのが2385。
2018年12月から2000枚程度iPadで描いたことになりますが、もう元は取れたと言っていいでしょう。
これだけは家内ちゃんから取り返しました。
「ぱぴぷぺ・ぴくちゃん!(23)」
今考えると、茫漠とした夢の中で世界的組織に命を狙われ続けていたぴくちゃんを不幸だとは言い切れないのです。
今の僕たちは、目が覚めていることの方がずっと不幸な気がしてなりません。
「ぴくちゃん」
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「1999年のディストピア。(4)」
今ではひかるみたいな子がいっぱいいるのかもしれません。じゃあいっぱいいたらネットを通じて友達になり救われるかというと、そんなことはない。
解決できない死にたさって、想像できます?
僕には本当のところ、わかりませんでした。
https://t.co/MM3IgLrdOC
「断罪。」
学生時代の幸せって、
「素敵な言葉をくれる人」じゃなくって、
「素敵そうな言葉を断罪してくれる人」
に出会うことだといつも思うんです。
結局背伸びして地に足のついてない言葉って、
絶えず否定にさらされていないと、
何かこう、バカみたいじゃないですか。
「憂鬱な日々。」
大体僕が聞く恋愛の愚痴や悩みは、僕も過去同じ失敗をしていることが多く、他人事ではなく自分語りとして描いてきたのですが、最近ちょっと手に負えない話が増えてきました。
多少フェイクは混ぜてますが、現実はよりげんなりする内容でいっぱいです。
「ミスター味っ家内ちゃん。」
毎食毎食、修行僧のように自分の料理に文句を言いながら、それを踏まえて自分の分を作って食べている。
お互いこだわりがあった方がいいのか、僕のようにほんとに豚のように何でも食う方がいいのか、
それはよくわからない。
「1999年のディストピア。(3)」
理解できなかった人のことは理解できなかったまま描くしかなく、それを理解したように語るのが今の世界に拡散してゆく「共感」の正体だと僕は思っている。
「1999年のディストピア。」
https://t.co/MM3IgLrdOC