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冷静に考えて上のオキニというだけで重用された戦経験の少ない増長した若者が、経験豊富な熟練の武士集団に勝てるワケもなく非常に妥当な結果です これらは『太平記』の記述ですが美少年軍団と期待を持たせといてこのザマは相当なガッカリ展開だろ あと6000人は流石に盛りすぎ #逃げ若 #逃げ上手の若君
父義房との絶縁の流れは『太平記』に記され「父さんな直義様の聖地である鎌倉奪還して将軍襲おうと思うんだ」と相談され「将軍襲撃とか解釈違い」と返して尊氏に密告した……とのことですが整合性がおかしい 頼房はこの相談の前も後も直義派として尊氏と戦っているからです #逃げ若 #逃げ上手の若君
敗走時に足利方の一宮有種に一騎打ちを申し込まれる珍事や、矢の雨を受けて鎧に被弾、三種の神器が田んぼに沈没などの数々の危機を体験 これらは『太平記』の記述だが、貴族の日記にも「兵士と後村上帝の見分けがつかなかった」と記載されるため、相当な修羅場だったのは確か #逃げ若 #逃げ上手の若君
即位後は北畠親房をブレインに打倒北朝を目指す 『太平記』では、楠木正行が玉砕覚悟で出陣を決めた際に御簾から出てきて「命を粗末にするな」と窘めるなど、父帝と正成とは対象的に描かれる 忠告虚しく正行は戦死して追い詰められるも、直義の鞍替えという好機が訪れる #逃げ若 #逃げ上手の若君
『太平記』では庶兄の義興が血気盛んなのに対して、義宗は冷静沈着なストッパーとして登場する 義興に尊氏を討つことを薦められても「いや、父の義貞が戦死した時も尊氏は打算抜きに敬意を払ってくれたから……」と断っている しかし、結局折れて尊氏討伐に赴くことになります #逃げ若 #逃げ上手の若君
【Tips】尊氏の背中 『太平記』によると尊氏の死因は背中に出来た腫れ物(癰)だと言う 室町幕府4代将軍義持の死因も尻にできた腫れ物を掻きむしったことでの炎症とされ、当時では死に繋がる病の一つであった 創作においては直冬によってつけられた矢傷等の解釈もされる #逃げ若 #逃げ上手の若君
大河ドラマ『太平記』においては直義毒殺説を取り最終回のハイライトとなります この最終回、第1話からのロングパス伏線とか、真田広之の慟哭の名演とか凄まじい傑作回です そして、大河においても尊氏をここまで突き動かした存在として「神」の存在が示唆されていますが…… #逃げ若 #逃げ上手の若君
基氏が京都で生まれた頃には、実兄義詮は鎌倉に赴任しており、義詮が上京する際に入れ替わりで基氏が鎌倉入りを果たしため、兄とはあまり面識がなかったとされます そのため『難太平記』では京都の兄との関係調整に苦労して心労となったのが死因と考察されています #逃げ若 #逃げ上手の若君
『太平記』の義詮評は「人の意見に流されやすい」でイマイチ頼りない2代目という印象 ただ、これは義詮の立場を考えると仕方ない部分があり、鎌倉府時代は斯波や上杉と言った執事、直義失脚後に京都に上ってからは師直、師直死亡後は直義……と補佐役が次々変わっている #逃げ若 #逃げ上手の若君
なお大河『太平記』では尊氏に魅了されており、裏切ることを危惧した桃井によって暗殺されたという解釈を取っています 同時代の史料では「利泰」と「利康」で表記揺れがありますが、同一人物と思われ、奉行や評定衆として活躍しています #逃げ若 #逃げ上手の若君
南北朝時代を楽しむ会「太平記ワークショップ」のチラシ用に3月に描かせていただいた北条時行・諏訪頼継のイラストです。
「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」 第25話 「灰の雨降る日本橋」 今回陶朱公という言葉が出てきたが、中国春秋時代の范 蠡の別名ではないか。 『太平記』で忠臣児島高徳が 「天勾践を空しゅうする莫れ 時に范蠡無きにしも非ず」 という句を贈ったという話はあまりにも有名… #大河べらぼう
『太平記』に「如意丸は直義によって殺された護良親王の生まれ変わりである」と書いた人はちゃんと地獄に落ちたでしょうか 跡目争いの火種にしかならない子供と解釈したことで生まれた陰謀論でしょうが、赤子を不吉の象徴扱いするとかどういう了見だよ…… #逃げ若 #逃げ上手の若君
出自の怪しさはともかく、あの師直からも溺愛され、アンチ高一族の『太平記』においての評価も高い なんせ出家してでも命に縋る師直らを「血気の勇将」と非難した項において「まだ若年だから出家すれば助けてやろう」の助命を断り潔く死を迎えたことを嘆かれるくらいですから #逃げ若 #逃げ上手の若君
母である「前関白の妹」は二条道平の娘と見られており、そんな出自の彼女を略奪した悪行が正に婆娑羅な師直らしさ ただし出自に関しては師直を悪し様に描くことで定評にある『太平記』準拠のため鵜呑みにはできない 道平は太政大臣ではないから結局誰の妹だ?ってなるし #逃げ若 #逃げ上手の若君
『太平記』での暗殺の流れは、出家していた師直に対して三浦の部下が「そこの遁世者、笠を取れ」と言って笠を斬り落とし、その顔を確認した八郎が「願っていた敵だ」と言って斬りつけたとされます このことから高一族に恨みを持つ人物とも思われますが、史料不足で一切不明 #逃げ若 #逃げ上手の若君
室町幕府二代目執事の肩書が意味することは、直義が高一族を起用していたということです 高一族と対立しているイメージの強い直義からすると意外ですが、師泰の妻は直義の母の妹のためその縁故かもしれません 『太平記』では師泰を後任にする構想もあったと記述されています #逃げ若 #逃げ上手の若君
分断された高一族は上杉能憲や三浦八郎らにより暗殺 『太平記』は師直らを「血気の勇者」と称しており、その意味は「強さを誇示するが、いざ自分が負けると出家してでも命にすがる」で仁義の勇者と比較して批判している 逃げ若では勝ちを諦めぬ猛者でロスタイム突入ですが…… #逃げ若 #逃げ上手の若君
この時、尊氏も師直らを「降参人のハゲと一緒に帰って噂されると恥ずかしいし」と邪険に扱ったともされますが、少なくとも『太平記』では上杉憲顕らの手で横入りが起きてる その後、尊氏が師直暗殺にキレ散らかしてるの見るに、尊氏は関与しておらず直義の独断と考えられる #逃げ若 #逃げ上手の若君
bngkパンフ読んだんですけど舞台のnok、絶対南…太平記から転生してる