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#明日使えそうな戦国時代小ネタ
徳川家康は熱中症に罹ったことがある
慶長十七年(1612年)、七十歳の時に熱中症(日射病か)と思しき症状で倒れたが、程なくして回復している
なお高齢者の水分不足傾向は戦国当時で既に判っており、晩年の伊達政宗などは毎日決まった量の白湯を飲んでいた
#明日使えそうな戦国時代小ネタ
徳川家康が鯛の天ぷらを食べたのは亡くなる三ヶ月も前
既に食欲不振や嘔気・嘔吐、顔色不良、腹部のしこりや易疲労感などの諸症状を呈しており、食中毒ではなく末期の胃癌と思われる
なお家康は自己診断で自分が配合した薬を飲み続けていた
#戦国武将のカルテ
豊臣秀吉『まあ、今日の様な口腔歯科技術が無かった時代だ
かくいう儂も生存中に歯が大半…全部だったかな、抜けてしまった
江戸時代に入ると口中医という歯医者も出来たが、抜歯より他に術もなかったよ
なお、入れ歯は仏像を彫る彫師が片手間に造っていた
ツゲの木製が丈夫で重宝されたそうだぞ』
@nobutoyo_tenkyu のどかちゃん「ぜんぶまかせて!(意味深」
武田信玄「ぜんぶまかせて!(女性関係」
下曽根浄喜『ぜんぶまかせて!(天丼』
問・任されるものと許されない者を選べ(配当5点・天正十年度甲府第一高等学校試験問題)
#青鳥内禁制違反常連
北条氏康「…で、だ
年の暮れになるたび関東に出て来て冬越すの止めてくれんか、長尾」
上杉謙信『関東管領家の領地返してくれたら帰るぞ、伊勢』
#永遠の平行線を解決するたった一つの冴えたやりかた
#明日使えそうな戦国時代小ネタ
上杉謙信は城の内郭に植える木にまでこだわる
梅や栗など、実が成る樹木を植えるよう推奨していた
戦国乱世の日本は小氷期で冬が寒く、越後は豪雪に遭い二毛作が絶望的で冬季に食糧難に見舞われる
少しでも蓄えられる兵糧を得たかったのだと思われる
豊臣秀吉『三好の家名は四国攻めの際には阿讃を攻める名分になるため、信長様も儂も三好笑岩を家督と見做していた
だが信長様の四国攻めは本能寺で頓挫し、四国平定後は秀次も儂の世継扱い、笑岩もこの頃没したか音信不通となる
三好の家名が四国平定後は必要なくなったという事だ、栄枯盛衰よな』
#明日使えそうな戦国時代小ネタ
竹中半兵衛は自信家
慎ましく才に驕らない雰囲気があるが、言いたいことはハッキリ言うタイプだったらしく秀吉の作戦や言動に面と向かって反論したり、臨終の際には誰が後釜になるかと悲嘆する秀吉に『自分の代わりになるような人物はいない』と言い放っている
@Nyudo_Seigan 北条氏康「任せろ、そのうちこのコーナーをいけないルナ先生レベルまで持っていってみせる」
上杉謙信『え、私が家庭教師するにはお前の頭が良過ぎないか』
#ハートキャッチと聞いてプリキュアじゃなくていずみちゃんと発想する戦国界隈おっさん勢しか判んないトーク
北条氏康「ゲリラ豪雨が来たぞ、長尾」
上杉謙信『驟雨と言え、伊勢』
「足軽達は大丈夫だろうか」
『雨具を持たぬ足軽は素人だと朝倉宗滴も言ってたぞ』
「で、御主は大丈夫なのか」
『…ガン見してる所悪いが、女武者は褌を締めないので下着の線なぞ見えんぞ』
「その話詳しく」
『やめんか』