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清朝が貿易港を広州のみに制限していたのも今は昔、19世紀中ごろから厦門など他の港湾も次々と開放され、対中交易は急拡大。ラテンアメリカとの取引規模も数倍に膨れ、中国経済は爆発的な発展を遂げる事になります。
エピソード出典:藤澤房俊, 『ガリバルディ イタリア建国の英雄』, 中公新書, 2016
太平天国が江南(長江流域)一帯を制圧していくと、戦災や財産押収を恐れた多くの住民が逃亡し始めました。
主な避難先はアヘン戦争でイギリスが清から取り上げた香港、英・米・仏の租界(外国人居留地)があった上海で、これを受け事態を注視していた欧米列強も危機意識を強めていくことになります。