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太上天皇こと持統天皇崩御。
天武天皇の後、皇位継承がすんなりいかずにこの方が即位したのはその後を考えてもターニングポイントだったなと思います。
一番最近の絵がこんなんですみません。
大友皇子の子(母は十市皇女)、葛野王が卒去。
享年三十七歳は若いですね。
本人も血統としては申し分ないレベルの人物ですが、高市皇子薨去後の皇位継承会議で親子間の継承を主張して軽皇子立太子を推し、もの申そうとした弓削皇子を一喝したという場面が有名です。
帰化した唐人の中では比較的情報が多いんだけどそれにしても天平度の遣唐使に随って来日してから前半生の経歴は不明で、後の官歴などから大学寮に関わる職などに就いたんじゃないかと想像。真備も居たしね…!
(という絵)
大津皇子と草壁皇子は比べられがちで大津が即位していればという話は大体草壁よりも良い結果になっていたのではというニュアンスを感じるけど、大津の性格(「性頗放蕩。不拘法度」)からいってなんか微妙に色々問題出てきてたかもしれんよなと思う
まだ大して描いてないのに難しいアングルにしてしまった摩詰。
文も絵もいける人。
同時代に李白と杜甫がいなかったらもうちょっと評価高かったんじゃなかろうか。