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ヨーロッパクソ雑魚説は飽き飽きしたので、騎兵十数騎で1、2万のアステカ軍の中を暴れ回って的確に敵の隊長格を討ち取っていき勝利したオトゥンバの戦いも知られてほしい
ちなみに兄エドワード5世について、
・暗殺の実行犯ティレルは2人の遺体の場所について明言せず
・デボン州コールドリッジ教会にエドワードを模したステンドグラス
・1484~85年に同地の荘園領主を務めた「ジョン・エヴァンス」という男の墓石がステンドグラスを見つめるように安置
など、生存を匂わせ https://t.co/2h1MZwHySP
「コンキスタドール」と言えばモリオン兜にキュイラス、剣と盾みたいな左のイメージが強いけど、コロンブス時代(15世紀末)だとどちらかと言えば右
ただし武器(剣盾や長柄、銃)に大差は無い
大乱関ヶ原の家康、老いて判断力を欠いてると言われるが、そう言われるのって時局を大きく見て行動する大老ゆえガバが目立ちやすく、反対に現場の判断で動いて後々のガバが積み重なっていく奉行らとの違いが原因なのかなと
つまり後先を考え過ぎる家康ととかく現状処理を優先する三成との違いかなと
マリーとマクシミリアン夫妻の中睦まじさは有名だが、実はマリーには前夫のロレーヌ公ニコラが居た
マリーはニコラに対し「結婚した以上ウチのパパ(ブルゴーニュ公シャルル)に絶対服従ね♡(意訳)」という書簡を送っており、自身が外交手段の一部であるという事を承知の上で動いていた事が分かる