//=time() ?>
鹿を描くと、夜の散歩で鹿に出会う。絵と現実の境界が曖昧になってる。自分はそもそも、空想や夢想で絵を描けない。もし空想のように見えたとしたら、それは精霊が自分の身体を使って描いている霊的な世界。
龍神さんに水晶を清めてもらったら、大空に巨大な日輪が現れた。お天道様はいつも見ていて、サインを送ってくれる。
『おまえが何かを望む時には、宇宙全体が協力して、それを実現するために助けてくれるのだよ』
今は赤、青、黄だけで描いている。シュタイナーによると、この三原色は「輝きの色」であり、精神の本質を表す色。子どもが使うのはほとんどこの三色。でもそれぞれが出会うと、緑や紫や藍色が現れて、その出会いが予測できなくて楽しい。それにしても干支でもないのに、今年は龍が強く出てくる。
激しい虹彩は普段の制作にも反映しているが、映色の力強いモチーフに対して、蝶や天使やバンビといった、優しくて愛のあるモチーフが内には現れる。強さと優しさの狭間、無意識がバランスを取って第三の道に向かっているのだろうな。それにしてもウチ(内)に来る天使はみな顔を隠す。シャイなのかな。