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北村透谷先生がロリータファッションなの
“海外文化に多大な影響を受けたが、単なる海外文化の模倣ではなく、日本文化と融合して、日本独自のものとして花開いた”点を明確に示すシンボリックな衣装だと思って唸っている(料理で言えばカレーライス的ポジション)
それはそれとしてカワイイね!
おそらく、透谷先生と露風先生で共通する装飾要素(金模様とか)は、”西洋キリスト教的文化や思想の影響を強く受けた人”の絵図的シンボルであり、それを本人達が作品や人生にどう展開させていったかを突き詰めた結果が姫ロリと聖堂騎士なんだと思われる。
フィッツジェラルドの花は花言葉とか花の経歴で読み解くガジェットだけど
ギャツビーの胸のデイジーは、花そのものではなく花が象徴してるのは何か(花言葉ではない)で読み解く。その違いは、実在の人間か創作されたキャラかって感じ。
デイジーは同名の女であり、金で贖えない聖域の象徴
そうだね、君が胸に咲かせているのは、フィッツジェラルドの胸に咲いているような青く華麗な薔薇ではなく、白くて可憐な“デイジー”だね。(詳しくはグレート・ギャツビーのあらすじをご参照ください)
フィッツジェラルド先生の外見が、ギャツビーベースなら、このスーツの下は鍛えられた筋肉が隠されてる(という描写が原作にある為)って話を今したんですが、フィッツジェラルド先生の足、細いけど筋肉がしっかりありますね(スーツのシワと影がそれっぽい)
これは比較用の白スーツ文豪の足
ちなみに、フィッツジェラルド先生が、ギャツビーをベースとした外見だとすると、ヘミングウェイ先生ほどじゃないけどあのスーツの下に引き締まって逞しい筋肉隠してて腹筋とか割れてる方です(原作にそういう描写があります)