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1951年、ベイカー街でシャーロック・ホームズ展示会が開催され、呼び物は再現されたベイカー街221Bの部屋だった。中央に見覚えのある籐椅子が展示されているが、これは実際にシドニー・パジェットの部屋にあった椅子だ。パジェットは死後しばらくの間、忘れられた存在だったが徐々に再評価され始める。
「六つのナポレオン」で、レストレイドはイタリア人街を捜索する。そこで名前があげられている場所が「サフロン・ヒル」。ここには実際に石膏像の作業所もあったが、多かったのは「イタリアン・アイス」の露天商で、ロンドン中で販売していたとのこと。どんな味がしたのだろうか。
#シャーロック
シドニー・パジェットの描いた帽子は「ホームズのディアストーカー」が圧倒的に有名だが、じつは「ワトソンのボウラー」の方が多い。挿絵でわかるとおりホームズは、ディアストーカー・トップハット・ボウター・ホンブルグ、と色々な帽子をかぶっているが、ワトソンは常にトレードマークのボウラーだ。
コナン・ドイルは、無実の罪をきせられた疑いがある人間のために、弁護を買って出たことが2度もあった。それぞれの事件は下のように、別々の本になっている。
✅アーサーとジョージ
https://t.co/uDP6yy2ev0
✅Conan Doyle for the Defence (弁護側のコナン・ドイル)
https://t.co/0MEreyrUTV
「ボヘミアの醜聞」でボヘミア王の顔は「分厚い垂れた唇、長い真っ直ぐな顎」と表現されているが、これはおそらくオーストリア王家、ハプスブルク家に特徴的な下顎前突症、通称「ハプスブルク家のあご」の形容だ。そんな特徴的なあごで、目を隠して変装した王のバカさに、ホームズはイライラしたのだ。
1880年2月、コナン・ドイルは船医として捕鯨船「ホープ号」に乗り込んで北極海に旅立つ。彼は船医の業務に飽き足らず、ボートの漕ぎ手などをつとめて、3度も海に落ち「ハシグロアビ」(水鳥の名前。英語で、loon[馬鹿者]とも呼ぶ)とあだ名をつけられた。
ブロードウェイ・ミュージカル「ベーカー街」の撮影で、肌の露出多めのコーラス・ガールに囲まれた主演のフリッツ・ウィーヴァー。ホームズのコスチュームを着ているのに、美女に表情を崩してますね😆
#シャーロック・ホームズ
シドニー・パジェットがワトソンを数多く描くのは理由がある。シャーロック・ホームズ物語はワトソンという語り手の導入によってリアリティが増しているが、同じワトソンが挿絵の中から見つめることによって、読者自身が事件を目撃しているような錯覚が生じ、臨場感が高まる効果を狙っているのだ。
悪党中の悪党、チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン。「外見にはどこかピクウィック氏の慈悲が」という描写があるが、これはディケンズの出世作「ピクウィック・ペーパーズ」の主人公サミュエル・ピクウィックのこと。お人好しの紳士。画像は、Kydことジョセフ・クレイトン・クラークの挿絵。
かつて、モノクロ版画は芸術品を鑑賞する貴重な手段で、ストランド・マガジンでもしばしば美術の特集が組まれている。画像は、あの「デヴォンシャー公爵夫人」の画家、トマス・ゲインズバラが描いた、フランシス・ダンクームの肖像画。版画は美を鑑賞する媒体の役割を果たしていた。1891年3月号。