1077年の今日は、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がカノッサ城の城門に至った日。聖職叙任権をめぐってローマ法王グレゴリウス7世と対立して破門された彼は、降雪の中、三日間にわたり城門の前で裸足のまま赦しを乞うた。いわゆる〈カノッサの屈辱〉である。

6 12


233、ボニファティウス8世

フランス国王と対立したローマ教皇です。
グレゴリウス7世はカノッサの屈辱で神聖ローマ皇帝に優位に立ちましたが、ボニファティウス8世はアナーニ事件でフィリップ4世に屈した形になりました。
死因が憤死って相当やなw

2 3

【今日は何の日?】
本日1月25日は、「カノッサの屈辱」が始まった日です。
(1077年 [今から945年前])

教皇グレゴリウス7世は、聖職叙任権を巡って対立していたハインリヒ4世を破門します。皇帝は厳しい寒さの中、カノッサ城門の前で3日もの間土下座して赦しを請い続ける羽目に陥りました。(く)

12 18

1077年の今日は、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がカノッサ城の城門に至った日。聖職叙任権をめぐってローマ法王グレゴリウス7世と対立して破門された彼は、降雪の中、三日間にわたり城門の前で裸足のまま赦しを乞うた。いわゆる〈カノッサの屈辱〉である。

1 0

「カノッサの屈辱」がトレンド入りしたけど
みんな知ってるの?
神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がローマ教皇グレゴリウス7世に謝罪して、教皇の勝ちで終わり…じゃないよ?
その後に皇帝は武力で教皇側を攻めて教皇はローマを追われ、二度とローマに戻れずに死んだんだよ?
ある意味では皇帝の勝ちだよ?

1 7

「聖俗分離」

皇帝が聖職者(ex司教)を任命して世俗的権利を与えるなんて聖俗混交だろう!

聖と俗を分離する!
皇帝は単なる世俗的な権威だよ😤
司教の任命権は教皇のものだ!

5 26

グレゴリウス7世なイメージ😤

ミラノ大司教の任命において、ドイツ王ハインリヒ、候補者に国王礼拝堂の司祭を指名、

教会側はこれを拒絶!
1075年12月、グレゴリウスは「教会の自由を妨害するんじゃあない!」という内容の警告書を送付した。

3 30

従って、当初の皇帝権は教皇権に優越し、実際、オットーの即位から100年の間に21名の教皇が皇帝によって任命され、5名が罷免されています。
しかし、教皇グレゴリウス7世は教皇権の強化を図り皇帝ハインリヒ4世と対立、ついにこれを破門するに至ります。(いわゆる聖職叙任権闘争の一幕)

8 25




1077年の今日は『カノッサの屈辱』が起きた日です。
聖職叙任権をめぐってローマ教皇グレゴリウス7世と対立していたハインリヒ4世は3日間に及んで雪の降る中、カノッサ城門にて裸足のまま断食と祈りを続け、教皇による破門の許しを乞いました。

2 5

ものの、未だにハインリッヒ4世との対立は解消していない(というか、激化した)グレゴリウス7世にできたことは、1078年に南イタリアで暴れまわるノルマン人たちをまとめて破門することだけだった。
もちろん、すでに2回破門されて未だ解除されていないロベールは3回目の破門もどこ吹く風(続く

3 12

【お仕事】株式会社LOCKER Games様の『オルターレコードアジャストメント』にてグレゴリウス7世を描かせて頂いてました!

65 258

おハニ(・ㅂ・)

1月25日は
1077年のこの日、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がローマ教皇グレゴリウス7世に「お詫び」をする「カノッサの屈辱」の事件があった🕰️

⚠️お知らせ⚠️

1月13日が

12 70