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特に石清水八幡宮の焼き討ちに関しては、この「天くだる/あら人神の/しるしあれば/世に高き名は/あらはれにけり」の歌を詠んだ直後に敢行しており、神仏への扱いが不安定すぎる ただ、この時の八幡宮(男山)には春日顕国が籠っており、軍事作戦の一環ではありました #逃げ若 #逃げ上手の若君
【Tips】神仏を畏れぬ男 師直が『太平記』において神仏を畏れぬ男として悪し様に描かれるのは、実際に石清水八幡宮・吉野行宮・金峯山寺蔵王堂などの聖域を焼き払ったからでしょう ただ、今回描かれたように実際は神仏に感謝を捧げる歌を詠むなど矛盾がある #逃げ若 #逃げ上手の若君
これらの根拠を以て「騎馬武者」を「高師直(及び一族の誰か)像」とするのは江戸時代の誰かの手による意図的な細工であり、実際は「足利尊氏像」で間違いない!とするのが揺り戻し説です ただし何故尊氏を師直像にしようとしたのか等、謎も多くまだ確証ではありません #逃げ若 #逃げ上手の若君
残る③ですが戦後のレントゲン撮影によるとこの紋は江戸時代の補修時に付け加えられたものとされ、高家の誰かという説を揺るがします また肖像画の輪違紋は「七宝」(左)で江戸時代の高一族(高階氏)のものとされ『太平記』には高一族は「寄懸輪違」(右)の家紋だったとあります #逃げ若 #逃げ上手の若君
①に関しては『室町家御案内書案下』に義詮が父の肖像の上に花押を入れた記録があります ②は『梅松論』の多々良浜の戦いでの尊氏の姿がこの絵に近く、京に戻ってから尊氏がその姿を描かせた記録も残るため、そもそも敗残した惨めな姿ではなく奮戦した勇猛な姿の図とのこと #逃げ若 #逃げ上手の若君
そもそもこの「騎馬武者像」が尊氏ではないとされていた根拠は以下の3つ ①絵の上に室町幕府二代将軍義詮の花押があり、初代将軍にして父の上に押すのは無礼 ②兜もなくざんばら髪で矢も折れて将軍の姿にしてはみすぼらしすぎる ③太刀や馬具に書かれた輪違紋が高家の家紋 #逃げ若 #逃げ上手の若君
【Tips】続・騎馬武者像 足利尊氏の肖像として知られていたものの「高師直じゃね?」と疑問視され、さらには師直ですらないと言われ出した知らないオッサン像こと「騎馬武者像」ですが、近年になって「やっぱり尊氏じゃね?」と説が戻ってきたらしい #逃げ若 #逃げ上手の若君 https://t.co/cwdboghrqz
@unknown_zero53
「エンテロドン」 逃げ若の時代から数えても約3700万年~1100万年前にユーラシア大陸に生息していたとされる超古代種。その名はギリシャ語で「完全な歯」を意味し凶悪な牙を持つ。別名「ヘル・ピッグ」もしくは「ターミネーター・ピッグ」だが、実際はクジラの近縁種らしい #逃げ若 #逃げ上手の若君
単行本おまけの方のだ #逃げ若 #逃げ上手の若君