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恐らくは藤沢政頼。平安時代末期に諏訪家から分かれた分家が伊那郡藤沢に拠点を構えて藤沢を名乗っているのでその一族。しかし小笠原貞宗にその座を追われ、頼継が諏訪大社の大祝(主)に新たに任命されたと「諏訪大明神絵詞」に語られているが、後の文と齟齬があるため後付けとも
#逃げ若本誌
チー付与のコミカライズのファンだけど、この部分に関しては「『葛飾北斎画』じゃなくて、どっちかっつーと『仙厓義梵画』だろーが!!」とアンチになっている。北斎先生はなんかヘタウマを狙おうとしても巧さが滲み出てるので……(2枚目)この崩しっぷりは義梵和尚の方が近い(3枚目)
北海道篇左之はレスバにて最強論を唱えながら読み返してたら思わぬ弱点が発覚した。左之、世界を見てきたけどジェンダー論は明治の男のままアップデートされてないからそこ突かれると負ける……!(ジェンダー論云々の話じゃねーだろ!これ!!) https://t.co/bsl8z2FaTu