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徳川家康『こんばんみ、徳川家康です(キラッ☆
…こほん。
…まあ、今日と違い建設重機などない時代だ
石材は石工が金槌と楔一本で割り出すゆえ貴重だったのだ
キリスト教宣教師は信長公の二条御所建築の際「石仏が使われた、無信心な」と言ったそうだが、信仰や価値観は御国柄次第と言うことだ』
徳川家康『こんばんは、徳川家康です
弓足軽は一人前になると鉄砲足軽同様に多くの雑兵が射撃援助に付随する足軽の花形だった
その気になれば矢羽無しでも曲った矢でも獲物を貫通し、敵が迫っても仇矢(狼狽による無駄撃ち)がないクソ度胸も必要だ
決して鉄砲足軽の下位互換などではないぞ』
徳川家康『こんば(ry
前にも述べた通り雑兵物語の成立は1700年頃だが、この頃には過去の物になっていたのが“非金属製の陣笠”と…“戦国の気風”だ
この頃には戦場での暮らしは遠い昔、御貸具足として備品になった陣笠には快適性より耐久性が求められた
陣笠の鍋は平和な江戸の空想だったんだろうな』
#明日使えそうな戦国時代小ネタ
豊臣家の相模小田原城攻めは包囲だけで終わった
小田原城に圧倒的な豊臣の軍勢を誇示しては見せたが包囲ばかりで、徳川家康麾下の井伊直政が血気に逸って城郭内に攻め込もうとしたのを除けば大きな激突も無かった
但し属領は武蔵忍と伊豆韮山以外全部毟られた
@dousetumiki 龍造寺隆信『紅炉上一点の雪とは言ったが恨まないし祟らないとは言ってない』
川上忠堅「俺の感心を返せ」
#まさに肥前の熊
徳川家康『こ(ry
わしの挨拶の省略気持ち良すぎるだろ!
…こほん
このよく撓る長柄槍は持ち運ぶ際には立てて持ち歩けないほど撓るので、槍の前身を持ち柄尻の石突を地に引き摺っていた
このせいで、大軍が移動する際には足軽の槍石突が土煙を濛々とばかり巻き上がったそうだ』
#明日使えそうな戦国時代小ネタ
長槍足軽の三間槍は物凄くよく撓る
木材を割竹で包む複合材製なので、構えただけでビヨンビヨンと揺れるほどよく撓(しな)る
この撓ることが重要で、平場での槍叩きの際には鞭の様に敵を打ち据え、槍衾の折には騎馬隊の突撃を折れずに迎撃することが可能だった