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蘇我家の仕事を休んで家で大臣ごっこの巻。
この辺りどこまで真実かわかりませんが、書紀では乙巳の変辺りまで入鹿が暴走してる感出してますが蝦夷も悪いよなと思います。
最近首の絵ぐらいしか出してなかったのでまともな入鹿の絵でも再掲しておく。
二日に大津皇子の謀叛が発覚、三日に死を賜わりました。大津は「賜死」だし山辺皇女も「奔赴殉焉」なのでどういう亡くなり方だったのか微妙にわかりません。大津というと皇太子草壁との対立がよく言われてますがここは本当に恣意的な印象操作を感じるので謎ですね。(その後の草壁の死も含めて)