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実際袍などを描く時には帯の位置はくびれにジャストよりやや低いところにしたほうがしっくりくる気はします。自分の中でのしっくりですが。
後世の着物らしい着物を描かれる方もガチガチ考証通りでなくても自分の中の描き方あったりしますかね
話題違いだけど腰の位置といえば、帯(紐)まじで低いな???と思ったのが高松塚古墳の壁画に見える装束で、体型に引きずられると描きづらいです。埴輪から見ても割と日本は締める位置低いよね。中国でも胡服以前はもう少し位置が高い気がする(全て把握してないので印象ですが)。
積極的に天長節をお祝いする光仁天皇の誕生日です。
天長節は唐の玄宗が天宝七年(748)から始めたようなので天平勝宝の遣唐使辺りによって伝えられたものかと思われます。
次の桓武の代では既に言及がなくなってしまって残念…。
(まだ藤原ではない)中臣鎌足が瀕死です。
日本書紀のこの記述もそこそこ盛ってそうな印象ですが藤氏家伝だと更に大げさな印象です。
そして史(不比等)はまだ数えで十二歳。兄の定慧は既になし…