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唐でもやたら長くなった時期があった気がしますが基本的にリボンみたいに短いものが多いです。あと上向き。
日本にもそういう絵はあるのでそんな感じだったんだと思うけど後世の冠の纓の印象で下の方に長くなってる気はする。
(復元とかイラストで結構差異があるなと思って描いた比較絵再掲)
奈良期に度々ある服装に関するメッなのですが、やはり衝撃の「幞頭の脚の長さ三寸」ですね
だってヒラヒラさせたいですし…!!って多分当時の官人も長いの好きだったから言われてるんだよねこれ…
(絵的には最近気持ち短くなりました)
(あと出てるところ間違ってることしばしば)
唐へ向かい、残りの判官の内蔵全成らは分れて先に帰国したようです。
ちなみにこの時の渤海使が藤原清河(多分阿倍仲麻呂も)の生存を日本に伝えたものと思われ、仲麻呂が唐のほうで亡くなったと思われていたように、清河も多分亡くなったぐらいに思われてたのではないかと…
藤原鎌足の忌日です。
前日の十五日に大織冠と大臣の位、そして藤原の姓を賜わっており、生前正味二日ほどの藤原氏です。
ちなみにこの絵は冠の話題になった頃に大化三年の七色十三階冠(及び冠位十九階)に見られる「蝉に似る」の冠で、阿武山古墳の大織冠とされる冠の復元も参考に書いたもの。