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仲麻呂A上げたから対の真備も上げておくね。
遣唐使の話題で仲麻呂や真成の話だけして真備みたいな最たる成功例を上げない辺りがもう恣意的なんですよ。
悲劇性の話なら帰れなかった藤原清河と大使代行で海に沈んだ小野石根の話をしてやるべき。(定期)
阿倍仲麻呂の悲劇性が遣唐使イメージを包括しすぎているのでは…。次点で真成。
(しかし色々見てイメージすればするほど仲麻呂は陽キャになるんだが)
そしてついでに(印象)、聖武の祖父である日並皇子こと草壁皇子にも天皇号が贈られました。
本人以外の血縁が即位しまくっている人なのでもうちょっと早く贈るべきだったのでは?という気もします。(時代的にはやはり難しかったのか)
お話が長いのですが(天平宝字辺りは本当に前置きが長い)、聖武天皇に「勝宝感神聖武皇帝」・「天璽国押開豊桜彦尊」の諡号が贈られました。
この辺りの天皇の漢風諡号って淡海三船が一括撰進したとされていますがここに「聖武」の文字があるように、それ以前に贈られたらしきものもいくつかあります。
疫病流行の中で立て続けに亡くなっていた藤原四子の最後、三男宇合もついに薨去。四子全員亡くなりました。
間にお父さんも挟んでいて、房前以外みんなまとめて法要したら良さそうな勢いで集中してる。
今年も四人並び絵再掲。
壬申の功労者、大伴吹負が亡くなりました。
あんなに活躍(というより登場が多い)した人なのに卒伝そけないんですよね。追贈こそあるけど…
(兄の馬来田などと比べるとよくわかる)