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前日の桓武天皇の即位に続いて、皇弟の早良親王が立太子されました。繰り返し言ってますが私の古代史の起点はこの兄弟です。しかし生前の早良の事績本当に記述は少ないのでメインは死後の『日本後紀』ですよ…
第五十代桓武天皇即位。
日付だけ見るとついこの間崩御したような…みたいな気になりますね。
光仁天皇の詔は「憐れみ深く孝行に厚い親王である・百足が死んでもひっくり返らないのは多くの支えの助けがあるからである・みんなこのことをよくわかってこの親王を助けてね」という父親らしい内容です
四月一日は聖武天皇による陸奥国出金詔書(続日本紀では最長の宣命)の日ですね!
海行かばの出典は家持より先にこっちですよ!!
そして金や大仏云々よりも大伴氏ウェイなところにウェイウェイしてるのが大伴家持の陸奥国出金詔書を賀く歌ですよ!!
#これでフォロワーさん増えました
大河絵は常に色んな方が見てくれるのだけど、とりあえずこのこしろうよ…
他のも含めてこしろう絵がダントツよ…
度々上げている記事で装束の変遷に関わるので気になりますが、この右側のスタイルが終わって高松塚スタイルになったと見ていいんでしょうかねえ
女性の肩巾(領巾)もここで一度廃止されてて、古代の装束のイメージでは強いけど、案外実使用の場面限られてそうだなと思います。
桜の時期は思い出す池主と家持の贈答歌
男女なら普通に恋愛、もはや夫婦ってなるのに同性の贈答になるとみんなちょっと濁すからさあ
否定する説はもちろんあるけど、同じレベルで肯定する説がもっとあってもいいと思うんです
しかし真備を知れば知るほど泉には同情するようになったものです。「学者の家だから優秀」という評は得ていたのですが、最終的に絶対おとうさんと比べられるよね。
あと余談ながら泉の名はどこからつけたのだろう。これより前に泉内親王がいるから特段あり得ない名前ではないけど気になるよね。