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奈良時代はこの人の血脈が皇位を左右しすぎて天武系自滅気味だったので、ちょっとでも即位してればなあって気持ちになります。
ここが皇位についてなくて、母親が皇族じゃないって、聖武がコンプレックス持って暴走しても仕方ない。
この右大臣は真備で、この正二位が真備の極位になります。極官である右大臣には天平神護二年に任命されており、既に一度致仕する意志があったし、左大臣永手よりも20近く年上なことを思うと単純にすごいなと思います。(こなみ)
光仁天皇の長い詔は割愛しますが、北家の藤原永手も忌日。
北家は言わずもがな平安期に隆興しますが永手の薨去後は永手の子らも色々あってちょっと下火になって、その後甥の内麻呂の代から盛り返していきますね。
聖徳太子(厩戸王)の忌日。
『日本書紀』とは忌日が違いますが、一般的にはこちらが主流のようです。
生誕は元日だし、なんか数字を揃えてる感は否めませんが…