//=time() ?>
outputだけを続けていくと
心が痩せていくから
心が落ち着く時間をもつ
無理して新しいことをinputしなくても
続けてきたこと繰り返しながら
違和感を一つ一つ見直していけば
自然と気づきや新しい発見に出会い、
心が豊かになっていく
デッサンを描くことで
必要な観察眼とは表面的な描写力だけではなく、
対象となるものごとの構造や
その周りからの影響を読み解き、理解する力である。
このリサーチ力、思考力、伝達力は
絵を描くことにとどまらず、
様々な仕事にも必要とされる。
歴史に残る作家は
特別な才能があったということより
思いを伝えるモチベーションが極めて高かったといえる。画家になる前にゴッホは牧師だった。
ゴーギャンは25歳頃までは株の仲買人、
ルソーは税理士で
世に出ている作品は50歳過ぎに描いたもの。
絵や音楽、言葉を使う最大の目的は
人の心に開放感をあたえること。
思い込みに縛られないように
新鮮な情報を伝え続ける
境遇や立場、習慣の違う者同士が
お互いを理解して、自分らしく生きるためには
絵や音楽、言葉の文化交流が必要。
個人の気づきが
広い世界で手軽に共有できる環境になってきている。
「自分が気づいたことなんて誰もが知っている。」
と思い込んでいたが、そうでもないらしい。
同じ情報でも視点の違った捉え方によって
活用の幅が広がることもあるので
良質な情報(気づき)だと思ったことは
発信した方がいい。
普段、よく目にしている物事を
絵に描きとっていくつもりで
見直してみるといろんなことに気づきだす。
絵は、思い込みや見たつもり、知っているつもりでは描けない。
物事は「見る」のではなく「観る」ことが重要で、
書物と様に「読みとく」「理解」する感覚が大切。
よどみないスピーチのような授業に
学生はついてこない。学生と一緒に模索しながら
たまに本当にそれでいいのか確認しフリーズし
感情が揺らぎながらも
「学生のために」
といった気持ちが入っている授業の方が
一体感が生まれる。
相手が入り込める隙を与えない授業は伝わらない。
歌ったり
絵を描いたり
花を育てたり
詩や俳句をよんだりする時間やお金を
無駄と思う方がいるが、
人は文化的ことから本当に満足するもの、望んでいることを手に入れている。
ひとりの大人としても、夫婦、家族としても
決められた形があるわけではないので
自分のスタイルをつくっていけば
それでいいと思う。
それぞれに合った
らしい生き方、判断、選択、
幸せのかたちは、いくつもある。
無意識に目に留まり、
勝手に耳に入ってくる雑音の中にも
考え方や意識を変えてくれるもの、人生の財産となる情報が埋もれていたりする。
飛び込んできた情報も人も
出会った因果を見直すと偶然ではなくて
意図的に探していたものと気がつく。