櫛野展正さんのプロフィール画像

櫛野展正さんのイラストまとめ


アウトサイダーアートを紹介しています。日本唯一のアウトサイダー・キュレーター。アウトサイダーアートを扱う「クシノテラス」主宰。現在は、静岡県にある「アーツカウンシルしずおか」のチーフプログラム・ディレクター。京都芸術大学大学院芸術専攻修士課程修了(MFA)。研究テーマは高齢者の芸術表現「超老芸術」。
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マーガレット・ヘルドは、31歳のとき、霊と交信し他界した夫や父親と対話した。その霊は、彼女に作品を通じて、宇宙の神秘や生命の存在を伝えるよう命じた。56歳から絵を描き始め、4ヶ月で400枚のパステル画を描いた。その後、霊は彼女が受信したメッセージや木星の旅について自動筆記で本を書かせた。

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今年32歳になる佐々木綾乃さんは、島根県内の福祉事業所で内職仕事の合間に、塗り絵に取り組んでいる。
2018年夏頃から、下絵をはみ出した独自の方法で色を塗るようになる。下絵に色の塊を擦りつけるような塗り方は、色鉛筆を順番に使っていく彼女の儀式的行動にも起因しているのではと母は分析する。

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チャールズ・ステッフェンは、大学在学中に精神を病み、25歳から精神病院に入院し、統合失調症の治療と電気治療を受けた。
病室で入院患者の絵を描き始め、退院後の36歳から68歳で亡くなるまで家族と暮らしながら何千点もの絵画を描いた。
絵の中で人間と植物と融合させるなど実験的な絵も多く描いた。

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ポール・ハンフリーは、高校卒業後、軍隊や建設局での仕事を経て、40歳からタクシー会社などで働いた。57歳の時、心臓発作で退職。退役軍人の年金と空き缶回収の仕事で生計を立ててながら、68歳で他界するまで「眠る女性たち」の絵を毎日描き続けた。他界後、人生の多くは創作であったことが判明した。

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パリ市立アル・サン・ピエール美術館で開催中の展覧会『HEY! LE DESSIN』にて、宮前一明・風間博子・松田康敏・岡下香ら日本の確定死刑囚14人の作品43点が初めて海外で展示されています。2022年12月31日まで。
https://t.co/YHxZsf8l1t

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68歳の松下勤さんは、退職後より裏山の整備を開始。伐採した檜の処分を検討するうちに、空き家から出た廃品と組み合わせ、独学でオブジェを制作。
アサギマダラの蝶が立ち寄る場所という意味も込めて『松下宿』と命名し、看板に書かれた「陽気ぐらし」という天理教の教えを実践する場にもなっている。

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76歳になる田口Bossさんは、夫と共に、幼児教室やヨーロッパの玩具専門店を熊本で経営していたが、熊本地震により被災。
店の運営を知人に譲ったことを機に、自宅で本格的に絵を描き始める。専門的に美術を学んだ経験はないが、5年間で300点ほどの色鉛筆画を描いている。
https://t.co/IGxXb9eTBd

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電気技師見習、鉄道員など職を転々としたルボシュ・プルニーは、28歳からチェコ芸術大学でモデルを勤める。統合失調症の診断を受けたことで、精神医学に興味を抱く。幼少より絵と解剖に強い関心を持ち、身体をテーマに作品を制作を始めた。インクのほか、血液、毛髪、皮膚などを用いられることもある。

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放射線技師として働いていたリンジー・カルディコットは、幼少期に虐待を受けていた。躁鬱病や統合失調症、多重人格障害、強迫性障害、アルコール依存症に苦しみ、34歳から精神病院へ入院。入院中より、メスで切断した無数のX線の断片をコラージュして創作を始めた。数度の未遂を経て48歳で自死した。

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第一次世界大戦中、サヴァ・セクリッチ は15歳で片目を失った。22歳で詩を、30歳で絵を描き始めた。
第二次世界大戦中、41歳のとき建設業者として働き始め、60歳で引退してから、動物や奇怪な死体、犠牲者、反逆者、歴史上の英雄、そして家族の生活の風景などの絵を本格的に描くようになった。

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