//=time() ?>
1月が終わった。今年のカレンダーを冷蔵庫に貼らないと、そう思いながら買わずに2月になった。新しい手帳も空白が多くなって、そのうち失くすだろう。春には年始に掲げた目標も思い出せなくなる。本当にだらしないなと自分でも思う。せめて今日できることを頑張って今日幸せを感じれる一日にしたい。
娘(小3)がサンタさんにお願いするプレゼントはZARAの洋服らしい。どの服にするかまだ迷っているみたい。早く決めて欲しいのでせかしたけど、「去年は心の中で欲しいと思ったものを届けてくれたよ。」と可愛いこと言ってる。でもそれは困る。サンタさんもオンラインストアで買うんだから。
Netflixで韓国ドラマを観るようになって今年は9本のドラマを観ました。1時間強の16話ですから計算したくないほどの時間を費やしています。それなりに慌ただしい日々ですが、23時「韓ドラ」の予定を入れることで家事もがんばれるから不思議です。人生の酸いも甘いも擬似体験できて幸せです。コマウォ。
何かしらの電話営業は毎日かかります。電話って強制的に相手の時間を奪うところからスタートですから、これは大変なお仕事です。なんとか聞いてもらおうと息つぎしないで話し続けるので、断る方も大変です。餅つきの合いの手みたいにサッと一言入れて丸く収める。そんな選手権があったら絶対見ます。
傾聴って愛だよな。いとうせいこう氏のこの言葉はずっと僕の胸にある。相手の話を聴き、相手を認める。話しやすい雰囲気や話し手を受け入れる態度を示す。鍼灸院を訪れる患者さんはせっぱつまってる人も多い。辛さを抱える人は時にトゲトゲしい態度をとる。それでも話を聴ける鍼灸師でいたいと思う。
自虐は僕の「書く」原動力だ。自分のおバカな失敗が誰かを一瞬でも笑顔にできるって、素敵やん。まあ本当は自分が気持ちよくなってるだけ。ドMもいいとこである。犬が飼い主にお腹を上にして無防備に甘えるでしょ。僕には勇気ある姿にも映るわけです。犬:「お前にはこんな格好をする勇気があるか?」
松井秀喜を超える!野球経験者なら、そりゃ無理だとわかる。体格、パワー、技術(人間性も)すべて超一流だから。もちろん努力の賜物だろう。でもヒデキの存在は「同じ人間、努力すれば自分もなれる」そんなのは嘘だと教えてくれた。だから比較すらしない。僕らは皆平等だと考えるから比較するのかな。
30歳の僕は鍼灸院に見えないオシャレな院を作った。今思えばそれは逃げもあったかな。技術の未熟さは自分が一番わかっていたから。他の院はどう?って周りばかり気にしてた。10年経ってその目線は自分に戻った。あの頃より自分が好きだ。次は自分が喜ぶ院を作って、それでも来てくれる人に施術したい
すぐに世界と繋がってしまう今、自分と向き合うのは至難の技です。自分の気持ちを整理したり、アイデアが浮かぶのは、うっかりスマホを忘れてカフェに来てしまった今が最適なのかもしれません。ペンとノートと時間がある。この状況に無限の可能性を感じます。世界と繋がらない力もきっと必要なのです。
最近、朝の4時に目が覚めるんだと母に言ったら、あんたも年とったねと、ほくそ笑みました。5時間連続で寝れない体になって気づいたことは、日中眠い(そりゃそうだ)、思考がネガティブになりがち(わからんでもない)、料理する気がしない(元からだよな)。総じていいことがありません。睡眠ダイジ!