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【猫の日】島津義弘は、慶長の役で時刻を知るために、猫を連れて行ったといわれている。ともに生還した二匹の猫を祀った「猫神神社」が鹿児島仙厳園内にある。
#これを見た人は緑色の画像を貼れ
個人的に一番好きな色が緑なのだが、銅像くらいしかなかった。
・源義家(府中)
・力道山(池上)
・サラリーマン山田(水木しげるロード)
・畠山重忠(深谷)
【血鑓九郎】松平清康から家康まで三代に仕えた長坂信政は、合戦では槍に血がついていないことがないというほど勇敢であったので、清康より血鑓の異名を賜った。以後代々世襲する通称となる。寛政重修諸家譜には茶利九郎とも記されている。
【名古屋山三は一の鑓】蒲生氏郷に仕え奥州の戦役で一番槍の功名を立てた。後に森忠政に仕えたが、家臣との喧嘩で死去。非常な美男として有名で、訃報が京に届いた頃、出雲阿国一座の行う演舞が、あたかも山三郎が現出したようだと評判になり、後の「歌舞伎」に発展する切っ掛けになったという。
【母里太兵衛】黒田長政が江戸で習った謠を披露したところ、重臣たちが追従するなか、忠臣で名高い母里太兵衛は「家臣が媚びへつらう家は滅びる」と泣いて諌めた。長政も反省して太兵衛に脇差を与えたという話が、『黒田家譜(巻十五・長政遺事)』に納められているので倣って描いた。