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【辟邪漫画】「辟邪絵」とは、疫鬼を退散させる善神を描いた絵のこと。多くは鍾馗が描かれるが、江戸時代には疱瘡除けに源為朝ももてはやされたことがある。
【北条時宗】鎌倉幕府8代執権。極楽寺山荘で宗尊親王、父時頼以下、多数の御家人が見守る中、急な呼び出しで小笠懸(笠懸の馬場を逆走し、的を右に見て狙う競技)を披露、的中してそのまま鎌倉の自邸へ帰るという爽やかさで大喝采を博した。彼はこの時まだ数え11歳の少年だった。恐るべき強メンタル。
大河の『太平記』が四月からBSで再放送するみたいだけど、残念ながらウチはBSを視聴できないので、暇を見つけてはDVDを借りてきて見ている。足利貞氏が自邸にいる時は腕を直垂の脇(闕腋だっけ?)から出すんだけど、この状態にするときの仕草がカッコいい。BS待機の方、お楽しみに。
【燕尾形兜】盛岡藩初代藩主・南部利直所用と伝わる兜。義父にあたる蒲生氏郷から贈られたといわれ、有名な燕尾の変り兜だが、代々南部家では「鯰尾」の兜と言い慣わしているという。
【鮭延秀綱】最上義光の四天王の一人。最上騒動で責任を取り浪人・零落するが、家来が極貧を支えたと言われる。赦免後、土井利勝に五千石で仕官が決まると全ての知行を家来たちに平等に分け与え、自身は日替わりで彼らの家に泊まって余生を過ごした。没後遺徳を偲んで建てられたのが鮭延寺である。