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【壇ノ浦の戦い】平教経は、京都一の強弓と称された、平家きっての猛将。壇ノ浦の戦いでは義経を襲うが果たせず、もはやこれまでと観念すると、兜と武器を海へ放つや、胴の草摺をもかなぐり捨て、安芸太郎・次郎兄弟を抱えて身を投げ果てた。
【鎮西八郎】源為義の八男。身の丈七尺、左手は右手より四寸長く、八人がかりで弦を懸けた弓から放たれる十五束の矢は、伊藤六の胸から伊藤五の袖まで貫く。八丈島で痘瘡神を、黒神山では七本の角を持つ大蛇を退治。最期の戦いに於て追討軍の船を沈没させた。規格外の豪傑。 #描いたから見て
【源義光】新羅三郎。武人でありながら笙の名手で、兄・義家の救援のため奥州へ赴く途中、足柄山で豊原時秋に乞われ秘曲を伝授した話は有名。この義光伝来の楯無の鎧が、甲斐武田氏に受け継がれ、現在菅田天神社にある国宝・小桜韋威大鎧とされるので、伝説を一つの絵にしてみた↓
【武蔵御嶽神社】過去作の行ってきた漫画。これも行ったのはGWだけど。スニーカーは履きつぶして、だいぶクタビレました。熱中症にはくれぐれもご注意を。
【畠山重忠公史跡公園】夏休みなので、行ってきた漫画(※過去作)。関東限定。
自分が行ったのはGWだったと思う。武将の銅像のなかでは日本一だと思う。
↑帝の不調に頼政が召されたのは、八幡太郎義家の先例に拠るとされるが、このとき源義家は、弓弦を三度鳴らし名乗りをあげただけで、堀河天皇にふりかかった怪異を退散させている。凄い。(平家物語・巻第四・鵺)
【鵺退治】源頼政は、近衛天皇が夜な夜な発作に襲われたため、召されて警護にあたり、群がり起こる黒雲に矢を放った。そして射止めたのが、猿の頭、胴は狸で手足が虎、蛇の尾をもつ「鵺(ぬえ)」という妖怪であった。この功で頼政は獅子王の剣を賜ったという。
この度、最強の城となった岡城の主、三代岡藩主の中川久清は、足が悪いため人が担ぐ鞍に乗って、何度も藩内の大船山に登ったとか。そこを墓所としたため、日本で一番高い所で眠る殿様とも。家紋は十字架を組み合わせたものと抱き柏で、柏餅を見て思い出したので描きました。